山の彼方の幸せ求め・・・

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愛を込めて

激動の2001年、変化に富んだ2002年、2003年は第二の人生を予感した年。
そして、2004年は・・・
来年はきっと きっと きっと良い年になる予感。

僕に[泣きのかっちゃん]と云うラベルを貼っていただいた時、僕は思った。
泣き言を口に出したり、文字に出来るようになった事を知りました。
2001年の4ヶ月は外に向かって泣き言を大声では叫べなかったように思う、数人の親友には、実情を、また話さなければならなかった人には云わざるを得ないが それは苦しいものだった。
家族や親友に助けられて3年が過ぎた。僕の親友に20代中盤の主婦が居る。
彼女には全てを話し、時に苦しくて後追いを考えていた頃に、それを察した彼女はメールや電話で僕を叱ったり、宥(なだ)めたりしてくれたものだ、また友人は『かっちゃんは幸せだよ、相思相愛のまま死別したんだから』と言った子は現在22歳の女の子。
男性陣は背中をドンと叩き『頑張れ』とだけ言った。
そんな友人達に囲まれてきた この3年間を年末に感謝を込めて言う、ありがとう

またblogと云う手段を推薦してくれたyoshimac君、そこで出来た友人にもお礼を言いたいと思う、[渡る世間は鬼ばかり]を書かれた方に[渡る世間は良い人ばかり]と反旗を掲げるものです。本当にありがとうございました。
寿命のある限り、大阪人の得意技で泣き言を茶化しながら記事を書いていきます。
年度最後に、彼の人へ心からお礼を申し上げます。
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by kattyan60 | 2004-12-31 01:44 | 親友

病んでいる日本

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地方(大阪を中心に考えてますので)の方向けに撮影した1枚です、戎橋と心斎橋の接点にある引っかけ橋の上から南を望む。
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 千日前筋と御堂筋の交差点から。
この道の突き当たりは南海電車の難波駅です、車の多さは普段と変わりなく多い、そこの高架のとこが交差点です、そこを左折して行くと国立 文楽座があります、ガードは阪神高速でして その向こう右は歌舞伎座、その裏辺りは昔、ぼったくりバーが多くあったそうだが今は・・・それを知る由もない下戸。
師走の慌ただしい街を、さしたる用もなくぶらぶらしている呑気者の手が少し震えているのは常用している薬の副作用ですので写真のぶれを ご勘弁ください。

反転し別の話しです。
企業を興した人が後継者に道を譲る時、創業当時の苦労話や後継者の役に立って欲しいと願い、繰り返し話される気持ちはよく理解できます、ただその繰り返しを[うるさい]と考えてその場を逃げるのも理解できます。
その両者を満足させられるであろう妙案を提案した方が居られまして、僕にその社史を書けと指名していただく名誉を得たのであります。
その妙案の提案者は 彼の人であります。

僕は小さな会社を興した経験をあまり話す気にはなりません。
それは、繁栄していれば自慢となり、衰退したり僕のように閉鎖したときは反省、泣き言にしかならない事で、健全に会社勤めをされて居る男性にはブラジャーの使い方を説明する以上に詰まらない話しだからです。(男性にはそれを外す必要上構造は知るべきかもしれないが)
だが、その運営の将来のために成り立ちや創始者の考えを後継者が知っておく事は重要です。
三菱が発足した当時、灰吹き銀の製造に不正を禁じ、節約を旨(むね)とした経営方針を打ち上げていたにも拘らず、過日の不祥事は 創始者の教訓を無視し、結果として存続さえも危ういことで判断できる、そんな不祥事が近年大手企業に多い原因はなんだろうかと考えさせられる、学歴もあるだろうし利口な方が外部の人間には計り知れないものがあるんでしょうか、ただ消費者を小馬鹿にした その行為は許されるものではないはずです。
外国にお住まいの方にはどう映っているんでしょうか?(今回は真面目でしょ?、)
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by kattyan60 | 2004-12-29 11:36 |

患者の会と安静

一昨日、医師、教授と面談した時の話しで、患者の会のホーム・ページを作りたいよし報告し、「質問受付をしたい、そしてその内容にによっては医師スタッフ、または看護師さんや薬剤部、事務方の回答をお願いせねばなりませんが」と申し上げたところ、医師は『セカンド・オピニオンはどう対処しましょうか』と。
セカンド・オピニオンてなんじゃらホイと無知な僕が質問すると『担当主治医の良否、他の医師の意見も聞きたいといった事でしょうか』 う〜〜ん、その質問が来た時は無視しようかと冗談で言ったものの、確かに医師のプライドにノックすることとなるでしょう。

色んな方が居られます、僕の尺度では及びもしない程 深く考えられる人も居られた事が入院中にもあったものです。
入院点描
朝、バイタルを記録するために看護師さんが部屋に来られるのが早い部屋では6時過ぎ、僕は爆睡してる時間帯なんです。
部屋にパソコンを持ち込み、エアー・Hで娘や息子、彼の人や友人にもメールを出したり貰ったりネット・サーフィンを深夜遅くまでしていたんです。
それが僕にとっての精神的安静になると考えていたからです、そんな理由で個室に入れていただいてたんですが、深夜何時に見回りに来てもパソコンで遊ぶ僕を咎(とが)めても止めそうにないと判断した婦長さんからパソコン禁止令が出ました、それでもなお止めない僕はとうとう、夜の7時にパソコンを取り上げられることになり、翌朝の9時に返していただくこととなった、そんなことにはめげない僕は携帯電話で深夜メールを出します。
それも見つかってしまい、婦長さんも困ったんでしょう、僕を5人部屋へ移したんです。
そして同室となった方々に『この人は、やんちゃ坊主です、皆さんで監視して報告してくださいね』と紹介されたんです。
その5人部屋に入り、玩具を取り上げられた長い夜はヒューマン・ウォッチングしかないんです、夜の注射に点滴、座薬に投薬を受ける方が、都度その薬の効能に価格を聞きメモに記入して居られます、点滴も最終時間を聞いておいて早めたり遅らせたりとこまめに調整されているんです、僕は大雑把(おおざっぱ)な奴ですからそんな事に気遣ったことがございません、この方に神経を遣っていると安静にはならないよ、と教えて上げたいなぁ〜
安静って何だろう?
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by kattyan60 | 2004-12-29 10:29 |

ナンパ=軟派

免許証を忘れたのと たまには電車でと思って地下鉄で難波へ行ったんです。
一人で散歩がてら戎橋(えびすばし)から心斎橋へと入り、地下鉄で1駅分を歩いたんです。

僕が10代の後半に硬派、軟派と分ければ、間違いなく軟派です、その当時の友人4人でこのコースを歩くんです、左側通行ですから担当者はその接点を歩き物色するんです。
『よっしゃ〜行くで』と そいつがUターンすると3人が追いかけます。
担当者『ちょっと軽い食事かお茶に付き合ってくれないかな?』と声をかける、女の子達に多少でも その気があれば僕達には直ぐに判るんです。
友人の一人は そのナンパした子と結婚したんです、僕は美容院の娘さんと意気投合し、暫くは付き合いました、でも当時の僕は奥手でしたから友達以上には進展しません。
もう一人の子は天王寺の某百貨店の地下の菓子売り場の少し派手目の子でした。

デートだって日にアイビールック(キャンバス・ルックとも云った)で決め込んで地下の売り場に行くと、チョコをポケットに押し込んでくれます、万引きではなくて万押しってんでしょうね。
店員通用門で待っていると、初めて日本で流行った長いブーツに毛皮の襟の着いた黒のオーバーを着て出て来るのをゴミ箱の上に座ってチョコを食べながら待っているんです。
この頃から人を待つのが好きだったんです、ドキドキしながら待つのって良いもんです。

出て来るとゴミ箱から飛び降りる、そしたら彼女は僕の腕に手を通し、『[富士]へ行こう』と言う、そこは難波にあり当時流行ったツイストなどを踊りに行くんです。
貧乏だった僕は地下鉄の方へ歩き出すと『ねぇかっちゃん、タクシーで行こうよ』 ナヌ高いがなとも云えずに乗り場へ行って『ちっこいの来い』と声に出すと『私が出すから』そうごめんね。
遠慮はしません貧乏だったんですから。

富士でさんざん踊って彼女の家に送って行くんですが、家の近くの公園で暫く話すんですが
恥ずかしいことですが当時は格好ばかりでKissもしたことがない。
他の3人はと申しますと、当然のように何処のホテルはこんなんだったとか話しているのを羨ましいとも思わずにドキドキして聞いたもんです。
『おいっ、お前はどうやねん?』そこはもちろん見栄ってもんがありますから「うん、俺はあいつの家やってん」と口から出任せですよ。

そんな事を思い出しながら大丸百貨店に入り、papasなるテナントでシャツを買おうと入ってみる。 店員さん『いらっしゃいませ、いつもありがとうございます』 なるほどですね、僕が今日着てたのは白地に細かい赤のチェック柄は別のpapasで買ったものです。
物色していると『これなんか如何でしょう?』と出されたのはカジュアルなフード付きの上着です、寒さを感じ難い体質になっていますから、冬となっても夏の服装と同じです、違いは夏は袖を折り上げていたのが冬は袖を延ばして長い分、腕バンドで止めているだけなんです。
時々は寒いんかな? と首を傾げる程度、周囲を歩いている人は手袋をしマフラーを巻いてオーバーを着込み背を丸めて歩いておられる、それを見て発した「寒いんかな?」
そんな僕を彼の人は『かっちゃんね、歳がいって感覚がぼけてるんやわ』とおっしゃいます。

某百貨店の子にしろ美容院の子にしろ、商社に勤務してた人(3歳年上)にしたって僕がモテルわけじゃなくて面白いから退屈しないってのと何となく安心と云うのが4人中で僕を選んだ理由だそうな、事実当時は安全でしたでしょう、今は人が変わりましたから ご用心めされ,僕より腕力に自信のある方、僕より大きい彼の人は一応あんしんでしょうか、僕は暴力反対派ですし臆病者ですから、少しでも僕より強い人には逆らいません。

大丸百貨店で服を買って、地下に降りてみると そこは宝の山のようです、美味しそうな物が店員さんの威勢の良い売り声で僕を呼んでいます、買わなくっちゃ〜
帰って来て封を開けるのは至福の時であります、アチャ〜肝心の夕食が無い。
結局、昨日の残りのトンカツを食べるはめになって少なからず後悔しています。
お出掛け点描でありました。 b0062927_1413494.jpg 引っかけ橋から心斎橋の入り口を望む(引っかけ橋は工事中でした)
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by kattyan60 | 2004-12-28 23:03 | 愛を語る

COPD

前記事に続いて肺の病気を受け売りですが ご報告させていただきます。
近畿大学医学部付属病院にお世話になって もう20年近くなるでしょうか。

自営を初めて間もなくのことでした。
アメリカのアズマ(喘息)治療には水分を少なくする目的で点滴をしないそうです。
ma_cocotte様からのコメントに老人が痰(たん)を詰まらせる事が多いそうです、それは痰が固形化した結果でもあるのだそうです。
入院すると医師からの指導項目に『大量の水分を採る』の一項があります。
24時間、1日2リットルの点滴に加えて2〜3リッターの経口摂取(要するに飲めって事)となっちょりまんねん。
ただ、それだけ飲んだりすると当然近くなります、入院当初は絶対安静なんて言われまして鼻から酸素吸入をし、移動はベッドから2m以内です、さすると何とかと云う入れ物に出すわけですが結構面倒なんですよね、カーテンを閉めて入れ物を出してジョンジョロリン ジョンジョロリン 「看護婦さ〜〜ん、満タンでっせ〜」
本題に還らなくっちゃ〜
タイトルCOPDとは[慢性閉塞性肺疾患)
白人も東洋人も黒人もアングロサクソンも人間全ての人に当てはまる数値だそうです、その数値とは肺胞(肺の細胞)が健康であっても年間30cc潰れるんだそうです、ところが喫煙や汚れた空気(空気の悪さにもよりますが)を吸うと50cc〜70ccに増加するんだそうです、想像してみるとレントゲン写真で見る肺の中に空洞が出来るんです、少し乱暴な表現ですが肺の中はスポンジ状態なのに、そのスポンジが無くなって行くんですよ、すると水を吸っておける部分が少ない事が人間の肺臓でおこり、酸素の取り込み(ガス交換)量が減っちゃうんです。

年間60cc×喫煙期間40年=2400cc=2,4リッターも無くなってしまうんです、それでどうなるのかと医師に質問したら寝返りしただけで健常者が50mを疾走した程の息切れをし、酸素不足になり時には痴呆への早道になるそうです。
僕が病院へ行くと携帯用の酸素ボンベを引きずっておられます、この方達が低酸素症、COPDなんです酸素ボンベが無いと歩けないんですから不自由だと思います。
1日20本の煙草を煙にしている方は年間7300本が消えています、それを3650本にし辞めて行く方向にいたしません?

このCOPDの治療は無いんです、肺胞は再生増加しませんから ひたすら酸素を補給するわけですが、1分間の酸素量が僕が入院中は0,5リッターですが、COPDで尚喘息などを持っておられた方は1分間に10リッターです。
家に帰られたとして その半量であっても その費用は大変な負担です。
小泉さんがした保険制度の改悪で その費用も増大したそうです、空気と水は無料同然だった日本にもミネラル水とかで高価な水を飲み、ボンベに入った空気を吸うことになればと思うと現在の患者さんを お気の毒としか言えません。

健康に老後を過ごすためにも、出来る努力をしたいと思います。
空気の奇麗な処にお住みの方は兎も角、僕達シティ・ボーイは汚れた空気と化学的に汚れた水を飲まざるを得ないとなれば、あえて煙を吸うことはないのではと思います。(なんと格好ええこと言う)
実は全て教授と医師の受け売りでございま〜す。
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by kattyan60 | 2004-12-28 22:06 | カテゴリーに入らない話

【オアシス会】

今日は病院へ伺いまして診察を受けた後、教授の部屋でミーティングをしたと思ってくだささい。(うん、したした)

この話しがあってから、早くも10ヶ月が経ってしまいました。
何のこっちゃ? それは[呼吸器疾患者と家族の会]と云うものを立ち上げるんでございます。
僕は喘息でして、一応 呼吸器疾患患者ということなのでございます。
大学病院で2時間待って5分の診察という悪評は随分改善されたように思いますが、それでも尚、その診察時間を20分 30分と云う訳にはまいりません。
僕が入院した時に、教授からオファがあり その組織作りから初めているような次第です。
その目的は、短い診察で質問したいことも、医師が伝えたいことも充分ではないところを補おうと云うものなんです。
喘息
フン、こんな話しは私には関係ないと思いめされるな、誰にでも起こりえる病なんです。
晩年になってから発症する人だって少なくなくないんです。
僕の若い時からすると、今は良い薬が出来 その発症のメカニズムが解明されつつあります。
喘息の発症はロイコ(白血球)から出来るトリエン構造を持った脂肪酸代謝物、合わせてロイコトリエンなるものがロイコトリエン受容体とペチャっと結ばれるんだそうな、するとスイッチが入って気管支が収縮し浮腫(むくみ)や痰が出て、喘息症状となるんだそうです。
侮(あなど)るなかれ、年間8000人の方が亡くなっておられんですから。
発生のメカニズム
風邪をひいたり、花粉やチリが肺に入ってくると、白血球が増えて その白血球が機関銃(トリエン)で受容体を打つんです、そんで喘息になるってわけです。
そこで、機関銃を打っても弾の受け口である受容体に鎧(ヨロイ)を被せておけば良いとなって、出来たのがロイコトリエン受容体拮抗薬【じゅようたい きっこうやく】という鎧になる薬なんです。
(そのメカニズムは独立行政法人 環境生保全機構の資料から拝借しました)

優れものの薬と云えども、中には効かない人もいるそうな、医師はそこで気管支を無理に広げる薬を処方し、炎症を押さえる薬も処方して総合効果を狙うんですね。
気管支を広げる薬は、大阪のおばちゃんみたいなもんですね、電車の狭い席に無理矢理お尻を捩じ込んで行くようなもんでしょうか。

炎症を抑える薬はステロイドです、それを口から飲む方法や点滴の中に混ぜる方法もありますが、効果も大きいが副作用も強く現れます。
そこで出来たのが吸入するって妙案です、肺に直接送るから効果は期待出来ますし、他には影響しないんですからグッド・アイディアだと思います。
これを思いついた方に座布団を5枚あげましょう、是非名乗り出てください。

ロイコトリエン受容体拮抗薬
現在の日本で認められているものに3機種、8種程販売されているようで、アレルギー性鼻炎合併症に特に効果が期待できると云います。

平滑筋
普段呼吸する時に、それをスムースにするために働いている筋肉のことです、それが強く緊張した時に気管支が細くなってしまいます。
気管支に痰が溜まり、それに気管支が浮腫(ふしゅ=むくみ)で細くなっているところに平滑筋がムニュ〜と力こぶを入れると窒息し呼吸困難になるのが顕著な喘息症状です。
この平滑筋は不随筋(ふずいきん=自分でコントロールできない)ですから困った奴なんです。
あっ忘れてた、今夜の薬を飲んでなかった。
では皆様、外出から帰ったら まずはうがいをして手を洗いましょう。
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by kattyan60 | 2004-12-28 01:41 |

らしさの定義

僕がボーイ・スカウトに関わっていた頃、卒業アルバムを作り卒業生に配って歩いたことがある。
卒業生とは云っても、小学5年生になって半年にもならない男の子達12名。
その子達の年齢でも個性があって、大人のような挨拶とお礼の言える子。
未だ幼児を強く残している子と個性豊かで接するのが楽しい。

アルバムと云っても僕達素人が手作りした祖末なものだったが、子供達と父兄には評判が良かったとスタッフで喜んだものだった。
I 君は僕が訪ねると家の前で遊んでいた、彼は僕に気が付いて丁寧にお辞儀をし、手渡したアルバムを小脇に抱えたまま頭を下げて礼を言った。
S君は年齢の割に体が小さくて病弱だからと鍛える意味でボーイ・スカウトに参加させたと ご父兄の希望だった。
確かに学校では禁止されたようなゲームとか、教育の場では考えられない企画もする。(後記)
S君の家を訪ねてお母さんにS君を呼んでもらうと『今、ゲームで手が離されへんから上がって来て〜』と叫ぶ声が聞こえる。
お母さんは『隊長、すいませんね〜どうぞ今お茶を入れますから』と差し招き入れられた。
S君はテレビゲームに夢中で僕が部屋に入ったことすら気が付かない。
暫く、立ったまま待っているとゲーム・オーバーになり初めて振り返った。
彼『隊長、何か用なん?』
僕「うん、卒業アルバムが出来たから配達してるねん」
彼『へぇ〜どれどれ』 彼はおばあちゃん子だそうで、その影響の言葉だと判った。
彼はアルバムを受け取ると直ぐに開き、作文を読み出した。
僕「じゃ〜帰るからな」と言ったが夢中で僕の声が届かないようだ。
部屋を出ようとすると、すぐ後ろに立って居られたお母さんに気配すら感じなかったので忍者のようだと思った。
お母さん『すいませんねぇ この子はもう お茶が入ってますのでどうぞ』 と言われて椅子に座ったが落ち着かないもんだ。

両者を比べるんではないが、僕達がこの年齢の時ってS君に近かったと思う、否 むしろ大人は大人で友達ではないと云う社会的背景の影響もあって、大人と親しく会話することなど考えもできなかったように思う。
僕はS君が子供らしくて好感が持てた、お母さんもどちらかと云うと下町的な雰囲気のある親しみやすい人だと思った。
I君のお母さんは教育ママと呼ばれた世代の代表格みたいに感じられる、どこか冷たい感じの方にお見受けする。

男の男らしさとは、屈強で筋肉が盛り上がり無駄話もしない むしろ寡黙(かもく=無口)であろうか、さすれば僕は失格であろうと思う、樹木が倒れ地中に長く埋もれて石化するように、僕の赤身の筋肉は白身の脂化していることだろう、それにバラエティ番組に出ている落語、漫才師のように口も指も多弁であることで、男のカテゴリーからは程遠い位置に居るように思う。
女の女らしさとは、四肢豊かな肉を蓄えて胸の谷間を『見てよこれ』と冬でもその胸元を見せていただける。
スーパーのチラシを端から端迄読み比べて、友人とケーキ&コーヒーの食べ放題の店に繰り出しては芸能人のスキャンダルとバーゲンに唾し、今夜の献立に苦慮して居られる姿を想像してしまう。
そんな姿に憧れるのは みっちゃんがそれに程遠い位置に居た事である。
みっちゃんは芸能関係には、僕同様無知と言って良いだろう。
たまに、昔の主役だった人が高齢での訃報を知った時は さも通だぞとばかりに僕に報告するが、みっちゃんの頭の後ろの画面で報道している事もしばしばであった。
詰まるところ、男らしくない男と女らしくない女の夫婦だったように思う。

男らしさ、女らしさ、子供らしさ については僕の偏見でイメージしたものだから、ご不満があればどうぞコメント欄に噛み付いてくださいますようお願いいたしましてこの記事を綴じ、
B・Sのそんな事危ないは別記させていただきます。
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by kattyan60 | 2004-12-27 12:01 | カテゴリーに入らない話

老いても尚盛んなり

外食するときは必ず和食、たまに、本当にたまにフレンチもいただきましたが普段の食事も大半が和食でした。
外食で焼き鳥やラーメンはまず食べなかったですし、スナックやバーなんてのには用がなかったんです。
妻が去ってから、色んなものに挑戦しています。
今迄は決して嫌でなく二人とも自然と和食で満足してたんです。
妻も僕も殆ど独りで喫茶店やレストランへ入ることもなかったんです、臆病になっていたんですが、一人で入ることには未だに抵抗がありますが、初体験が多くなりました。
僕が初めて焼きソバを食べたのは中学生のときで、近所のお姉さんに連れて行ってもらった大阪難波の千日堂、そこで食べたのが初めてでした、おお旨いやんか〜と初めての給料でお母ちゃんに電気炊飯器を買って、その焼きソバを食べに行ったんです。
洗濯機は親父が買ったので 僕はその年のボーナスで冷蔵庫を買いました。

歳を経るごとに感激が薄れていくもんなんですね、初体験なるものも多くないでしょうか、
僕はおじさん、もとい おじいさんなのに未体験なものも多いようなんです。
彼の人との食事も初めてのお店が多いんです。ワクワク
バイクで鈴鹿サーキットを走行したのも初めてでした。ドキドキ
メールやネット・サーフィンも初体験でした。 ドキドキ
ちょっと、危ないサイトにも入ったことがあって、請求がきましたうん万円。ドキドキ
そんな時にマック・フアンだけの小規模なメーリング・リストを紹介してくれた親友がパソコンをセッティングしてくれました。
そこで出会ったのが 彼の人でした。ドキドキドキドキドキドキ
身長の差だって僅かに10cm程低いだけだし、何て事ないやね、これが1m程差があるなら考えもんだが、ほんの10cmだもん、僕がヒールの高い靴を履いて彼の人がペチャ靴を履いてくれさえすれば その差も数センチになるもんね〜
妻を除けばこんなに若く見えて美人なんて初めてだ〜 ドキドキドキドキドキ

神戸のルミナリエも初体験。ワクワク
アウトレットも初体験。ワクワク
被服と小物の商社の招待へ行ったのも初体験だし。ワクワク
3年間で14人もデートしたのは初めてだったが 今は彼の人だけで満足 満足。
花屋の子、第三セクターで働く子に娘の同級生やら看護師やらと考えてみたら色んな事がありました、彼の人の良さを認識させてくれた人達ですから感謝しています。
過去58年間のドキドキよりも数多くドキドキした ここ3年間だったことでしょう。
これからも、ドキドキ ワクワクが待っていると思うとドキドキ ワクワクします。

 
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by kattyan60 | 2004-12-26 22:06 | 老いても尚

何だって喰っちゃうぞ〜

冷蔵庫の中を掃除しようと開けてみると、ふる〜〜いカキフライが出てきました。
スーパーで買って食べるのを忘れてしまっていたんです。
ポリ袋を開けるまでもなくゴミ袋へ直行です、少なくとも1月、否 もっと経っているかもしれません。
また奥から袋に入ったもので中身は不明です、そこには液体になってしまった野菜であろうことは表面に貼られたシールで判ります、もちろん直行です。
独り暮らしは食材も無駄が多いもんです、ですから購入時には賞味期限に留意しています。

昨年の2月にも持病で緊急入院した時の事、[関東炊き]を貰ったものが鍋に入れたまま入院したんです。
入院中に思い出したけど仕方ない、3週間の入院を済ませて帰宅してその鍋の中身を楽しみ帰ってきたんです、[おでんミイラ]か?
恐る恐る蓋を取ると、中は真っ白になっていました、青カビは出ずに白かったんです。
何故、おでんには白でパンやミカンには青なんだろう?
先日、残ったパンを冷凍しようと思ったら冷凍庫がいっぱいだから片付けてと思ってたら来客があって忘れてしまい、翌日パンを食べようと[ああそうだった冷凍庫に入れるの忘れてた]と思いながらも牛乳を出し、カップに入れてパンにイチゴジャムを塗って食べ始めて裏を見た、そこには青カビが生息していたんです、オェ〜とはなりません、抗生物質の原料だから心配あるめぇと少しちぎって捨てて残りを食べちゃったんですが、お腹を壊すこともなく無事だったってことは、青カビは人間が食べても栄養の一部になった事を信じています。
少し心配なのは目玉が青くなるかもしれないってことぐらいでしょうか。
でもそれ以来、パンの裏も確認してから かぶり付くようにしていますがね。
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by kattyan60 | 2004-12-26 14:47 | カテゴリーに入らない話

過去、現在、未来

朝から荷物を運んでいます。
目の前だから、そんな仰々しいことではないものの、荷物が少なくありません。
[あれっ 少し汚れてるんちゃうかな?] 空き部屋でクロスも天井も畳みも新しくしたと聞いてますが、しかし古いものもあります。
その玄関のドアがそうです、汚れて変色しているのが気になって試しに擦ってみると落ちない、こっちではどうかと洗剤を換えてみたが落ちない、意地になってもう一度洗剤を換えてみたら見事に奇麗になっていきます。
ものはついでだからと、あっちゃこっちゃとドライバーで分解して洗剤で洗ってやると気持ちよくなって行きます。
ふと思い出した年末の大掃除、事務所に倉庫に自宅までするとなるとそれは大変です。
畳みを上げて空気を通して新聞を敷き直すと古い新聞に見入ってしまい妻の叱咤を受ける。
何でもが古い記憶にトラックバックしてしまうのは歳を取った証拠だとばかりに無理に現在から未来へと思いを巡らせる。
来年の今頃はどうしているんだろうか?
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by kattyan60 | 2004-12-26 14:23 | カテゴリーに入らない話



ヨーガをするショコラ君