山の彼方の幸せ求め・・・

カテゴリ:幸せの定義( 77 )

僕の好きな曲たち

ビートルズの[ゲット・バック]
イーグルスの[ホテル・カリフォニア]
エルビスの[優しく愛して]
その他多くの歌が好きだ。
今日もipodを離せない。
たまに、[チゴイネルワイゼン]や[ワルキューレの騎行]に[ボレロ]や[展覧会の絵]など聞き作曲された方々に感謝の意を表します。
良い人達に作れる曲ばかりだと思う。
聞くといつでも幸せになれる。  
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by kattyan60 | 2005-02-04 02:32 | 幸せの定義

家族の絆

地球上に存在する物質の中で非常に軽い質量の空気なんですが、一旦その量が急激に増えると力を発揮するんもんなんですね。
普段の生活の中では存在すら意識しない空気ではあります、その空気に浮かぶためには大きなエネルギーを必要とします。
その点水は質量の大きさ故に、簡単にその物質の上に浮かぶことができます。
空気が大きなエネルギーを得て膨張するとき、その物質に浮かぶことができますし、爆発的に膨張すると、金属ですらその形状を維持できずに破損してしまいます。
爆弾、鉄砲や大砲も可燃物が酸素と結びつき高温になり膨張したエネルギーを利用したものですが、人間はそれらの物質を利用することに長けて、磁力や電子に至っては自然界に豊富にあるものをコントロールすることで色んな発明をして現在その利便性の恩恵を受けない人は不幸であろうと思う一面があります。

未開地とも呼べる人達はその恩恵を受ける機会が少ないのではありますが、家族間の絆などは、恩恵に充分お世話になっている人達の家族の絆が希薄になってきているように思えてなりません。
海外に暮らす方々と瞬時に情報が交換できる我々ですが、その未開地の方々は遠くの人と情報を交換する手段として太鼓や煙などのシンプルな方法と日々の生活もシンプルなのでありましょう。
複雑になった我々とシンプルな生活とどちらが幸せなのでありましょうか。
深夜お腹が空いたと云えば冷蔵庫に大量の食物があり、喉が渇いたと云えば蛇口の栓を捻れば水が得られます。
奥地ではその命の水をバケツ様のもので汲みに行かなくてはなりません。
そんなことを我々日本人も数十年前は当たり前だった頃の家族の絆はいかばかりかと考える昨今でございます。
「お〜い、幸せよどこだ〜」
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by kattyan60 | 2005-01-27 02:06 | 幸せの定義

爽やかな1日となりそうだ

昨夜は夕方から寝てしまい、12時に起きてから書き物を始めて未明の5時頃に寝た。
うるさい音で目覚めたら何とベランダのドアを開けたままだった、寒くはないが風と一緒に近隣の生活の音、ガソリンスタンドの店員さんの大声や電車の音が入ってきます。
みっちゃんと住んだマンションはガラスを二重にしたのが幸いし、音も結露も少なかった。
マンションを買ったときは改造などはしないようにとか、犬猫は飼わないようにって書いてあったが犬も居れば猫も居る、廊下を歩くと網戸越しにこちらを見ている猫に挨拶すると、その子は網戸に顔を擦りつけて人懐っこい。
ガチャっとドアが開いて小さな女の子が『こんにちわ』と挨拶してくれる。
お願いしてその猫を抱かせてもらった、そこへまた小さな子供達が集まってくる。
するとその猫のお姉ちゃんは『かっちゃん、可哀想やねんで〜奥さんが死んでんで〜可哀想やろ』トホホホ こんな小さな子供に同情されてるんや、多分親御さんの話しを聞いていたのだろうが、その内容を理解出来ているんですね。
猫を返して買い物に小さなスーパーへ出掛け選んでみても、結局はみっちゃんのメニューから外れることはなかった。
それが今は親友のラーメン好きだとバイク屋の店長の凄まじ食欲に影響を受けている。ここから一部非公開です、非公開→(彼の人の影響が一番大きいかも)
昨夜バイク屋の店長からメールが来て[お〜い、いつになったら食事を奢らせてもらえるんや?]と書いてあった、彼は息子と同じ歳なんだが こうした気さくさで付き合ってくれるから好きだ、息子にしろ娘にしろ親友達にしろ どいつもこいつも若いが
可愛い奴らだ、皆まとめて子供にしてやろう、だから爺にお年玉を頂戴、お金じゃ無くっていいからね/(反対に請求されるかな?)
今日も爽やかな1日となりそうだ。
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by kattyan60 | 2005-01-19 13:19 | 幸せの定義

今日も元気だったことに感謝

入院中には大量のステロイドを点滴チューブの横から入れる、喘息発作の特効薬でもあるステロイドは色んな副作用があるようで、本来睡眠時間は若い頃から多くを採らない種類のようだった。
入院中も寝られなくて個室の頃はテレビを観てたが騒室ではそうもいかず、ベッドで座禅座りをしていると無性に体が熱くなり上半身裸になっていると変人扱いされてしまった。
昼間に瞬間的に熟睡しそれで充分であって睡眠不足というような怠さとかは感じない。
老いたせいではなく若い頃からだからと回想する。
お腹の空くのもその一つだろう、空くというより満腹感が全く無くてお腹が空いたぞっていうのが延々と続くと考えれば略当たっているだろうか。
それ故にいつも口へ物を運ばねばならない、浮腫んだ足は倍程になりスリッパさえ足が痛い程となる。
安静を無視し財布を片手に売店に行く時は嬉しくて、ニコニコしていた事だろう。
喘息の発作にも段階があって重篤発作では強度の呼吸困難が続く、中度では会話ができずにひたすら呼吸することに神経が行っている、軽度なら会話も息継ぎが多くなるものの苦痛ではないのが喘息様発作と云われるものなんです。
重篤発作を数回経験したことがあって、その恐怖が常にどこかにあるんであろうか、行動におのずから制限を作ってしまう。
マイナスばかりでもなくて会社を辞めて自営を始めた理由の半分はその事を踏まえてのことであることは間違いではない。
みっちゃんが運転免許に挑戦したのも病院へ搬送するのが目的の大半だった。
自営しながら社員を募集したのも、入院中も仕事を処理できるであろうと考えたからで忙しくて猫さんの手を借りる程ではなかった。
先日、娘からの電話で喘息を貰い孫娘にまで及んでいると聞き謝ると『遺伝子的に何か理由があってのことでしょう、プラス面を考えなきゃ〜ね』と言われて少しは気が楽になったもんである。

そう云えばマラリアの多い国では血液の赤血球は丸いと決まってるが四角くなってる人達がいるんだそうで、そのために血流不全による病があるうそうだがマラリアのは免疫があるそうな。
さすれば喘息ってなんなんだろう?
僕のように幼児期から持っている者と大人になってから発症する人が居るそうで その人数も都会では年々増加しているそうですし、呼吸器疾患も健康だった人にも襲いかかるから注意してください。
医師は『肺臓は内臓でなく、外臓と考えている』と聞いた、外気に直接触れているからだと云う。
何にしても病で寝込んだり入院はしたくない、日々忙しくて不満があっても健康で食事を美味しくいただけるなら幸せではないでしょうか。
些細な幸せを続けられる事を願い、つかの間の睡眠を楽しむとしましょう。
皆様おやすみなさいませ。
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by kattyan60 | 2005-01-19 05:01 | 幸せの定義

世界中の子供達に幸せを

スマトラ沖地震で助かった子供達が人身売買されているんだとか、孫を売ってしまった爺までいるらしいとの報道を見て悲しくなってしまう。
地震の怖さは阪神淡路で周知している、それに津波の恐ろしさを体験し無事に生き延びた子供達が三次被害としての人身売買、人身売買の怖さってその後にくるものにある。
臓器摘出に売春などの目的だとか、朝から腹が立っている。

電話が鳴った、娘からだった。
娘『お父さん、私ねまた入院なんだわ、切迫早産の可能性があるからってことで入院します』
僕「孫はご両親が世話するの? 僕が行こうか?」
娘『来なくて良い、弥侑は保育所が預かってくれるから心配ないねん』
僕「そりゃ〜ご両親も丸1日では大変だろうからね、気遣いしたんやな?」
娘『うんにゃ〜旦那に相談したら おしめも換えられない親に任せられへんやろだって言うから保育所に相談に行ったら、さすがは田舎やね子供の事を知ってて『良いよ』だって』
10日程入院するんだそうだ、3人も産んだ娘だから左程心配はしていないが、前文の後だから大人の都合で振り回される子供は堪ったもんじゃない、抵抗したくても出来ない子供達
、愛されるのが当然の子供達が将来大人になった時が心配ですね。
敬愛するマザーテレサの言葉が浮かびます[不幸とは食べ物が無い事や貧困ではなく愛されないことである]
親を災害で失って悲しみの中にある子供達を人身売買するような輩が居る事そのものが許せない。
娘よ、孫を護ってやってくれ、それにしても良い旦那で良かった 良かった。
奈良で小学生の女の子を殺害した野郎も36歳にもなって殺人の後の幼稚な行動をした事が逮捕に繋がったようだが、批判することはできても自分の子供に どれ程のことができたのかと過去を反芻してみれば謝らなければならないことも多々あるが誉めてもらってもいいこともある、それは愛したってことだろう。
娘の安否もだが、スマトラ沖地震で孤児になったり人身売買された子に救いがある事を望むことしかできない自分が情けない。
朝からこんな話しですいませんでした。
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by kattyan60 | 2005-01-17 10:23 | 幸せの定義

今日を生きる

普段の生活の中で[幸せ]という言葉はBlog 以外では あまり耳にする事も目にすることもない。
家内と暮らした過去を思い出すことの多かった日々も減ってしまい、生々しかった想い出にモヤがかかってきたことを申し訳なくも思う。
みっちゃんの位牌を擬人化し、さも みっちゃんが居るように扱った自分が可笑しくもある。
しかして Blogに向かうとモヤの向こうの みっちゃんが微笑んでいる。
その みっちゃんと向き合うことのできる貴重な時でもある。
暫し、想い出に浸った後は洗濯だの掃除だの引っ越しの整理だのと雑多な用事が僕を待っている。
今日も天気が良くて洗濯日和、窓から見えるのは隣のマンションだった部屋から越して来て窓から日が射し込み、暖房も要らないくらい暖かい部屋で みっちゃんは僕のベッドの棚で同じ景色を見ている。
絵を描く才能もなく、音楽を奏でる技術もなく、日々雑多な用事で過ぎていくのを呆然と受け入れている。
大学病院の患者の会の事も一枚の紙を埋めるのに時間が懸かる、それは自分勝手な文章で埋められないことに起因している、ネットで調べ人物に電話をし確認作業が必要で、Blogのように心の赴くままに書き込めるのとは訳が違う、言葉の裏に僕の知識の外にある事を裏付ける作業は結構楽しいものだ。

されど そんな日々は非現実的な感じがする、仕事をし妻と暮らすだけで幸せだったんだと思えるのは今独居老人となったからであろうか、しあわせは過去にしかないんだろうか と思うことさえある、[ああ〜あの頃は良かったなぁ〜戻れるものなら戻りたい]と願うことは僕だけだろうか。
さぁ 今日もまた雑多な用事の中に突入しよう、まずは洗濯機を回しながら腹拵えをしようぞ。
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by kattyan60 | 2005-01-16 10:19 | 幸せの定義

山の彼方を目指し

パソコンを開いて4時間が経ったのに、結果として何も残っていない。
あれもしなくっちゃ、これも書き込まなくてはと思いつつ・・・・・・
こんな自由な時間が過去にあっただろうか。
何かをしなくてはいけないと云う義務の無かったのは交通事故で入院した数ヶ月、18歳頃だったろう。
当時の男は職場に生涯身を置くのが普通だった頃のこと、年数が嵩むとその義務も増えてくる。
結婚し家庭を守り 子を育てる事も喜びであると同時にその責務も大きい。
自営を始めると社員の生活も保証しなくてはならず、その責務は肩に食い込む。
自分でもストレスには強いと思う、否むしろストレスがあった方が体調も良かったようだ。
年に数度、たっぷりと時間をとって遠方への旅行をしても、仕事のことが頭を離れない。
旅行中も会社に電話を入れて留守を守る人に作業の進捗(しんちょく)を報告してもらった。

妻が逝去して仕事を辞めてしまった当座は妻が不憫でその事で泣き暮らしたもんだった。
その事で仕事のことは頭から完全に消えていた。
そして数ヶ月、娘に引き取られていた時は24匹の猫達と同様に時間が来たら餌を貰い、
日がな1日することもなく過ごしていたが、大阪へ帰る決心をした。
それを娘に伝えると『それも良いかもね、でも後追いはだめよ』と釘を刺され、位牌を胸に我が家を目指した。               続く
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by kattyan60 | 2005-01-15 11:48 | 幸せの定義

結婚の条件

ご婦人が結婚を決心する時って何が重要なんでしょうね。
ハンサムである事?
収入が多い事?
優しい事?
背が高い事?
僕には優しさだけは売れるほど持っていますが後はごめんパス。

僕は純真な人を好きになるようでして、身長や姿にはあまり気にしないんです。
たまたま彼の人は背が高くて美人だっただけで、純真さは群を抜いてます。
彼の人に出会うまで多くの人とデートもしましたが、お酒を1升近く飲む人や高級指向で
僕の財布が悲鳴をあげた人、皆さん若くて美人で健康なんだけどね、長くは付き合えなかったんです。
そんな中で彼の人の素敵さはをこの2年弱で知りました。
彼の人も僕も独り暮らしの気楽さ中毒に掛かっている関係で結婚を申し込んでも断られるのは明白ですし、彼の人は親友で有り続けたいって言うのを涙ながらに聞いています。
ここが日本でなくてアメリカなら親友同士でも手を繋いで歩いたりハグをしたりとスキン・シップが許されるじゃないですか、アメリカで出会いたかったなぁ〜

デートの時は手を繋いでくれ〜 ハグをしてくれ〜
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by kattyan60 | 2005-01-13 16:37 | 幸せの定義

料理で真っ直ぐ帰る夫

みっちゃんは18歳で僕と結婚し当時は食事のメニューも少なくて同じものが食卓にでていたもんです。
僕が叔父の呉服屋で住み込んでた当時に叔母の全員の食事作りを手伝ったのが役立って
休日にハンバーグをみっちゃんと作ったんです、砂糖、醤油にミリンを煮詰めてソースにした和風ハンバーグでした、晩年にはみっちゃんの得意料理の1つになってました。

子供が出来て歩きだした頃に酢豚を作ってくれたんですが、それは砂糖漬けのようなんです、でも僕は甘党ですから美味しくいただきました。
晩年には その酢豚も子供達からリクエストが出る程美味しくなってたんです。

みっちゃんは、よく料理の本を買い込んで新しい料理に挑戦してました。
僕も食べるのに多少の勇気が要るものもあったりするんですが、顔を覗き込んで『どう 美味しいでしょ?』 本の通り作ったらしいんですが中には飲み込むのに意識しないと入っていかないものもありました[これは、要らない]と云えば傷がつきますので「う〜ん、これより先日のが僕は好きだなぁ〜」 その新しい料理を楽しみで早く帰ったもんです。

みっちゃんは料理に挑戦することで人生を楽しんでたんだと、今はっきり解りました。
それを受け継いでいるんでしょうか、娘もよく変わった物を作るそうです。
娘よ、行った時ぐらいは その変わった料理を僕にも食べさせろ〜
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by kattyan60 | 2005-01-12 23:34 | 幸せの定義

僕は養子だぞっ

みっちゃんと出会って結婚も決まった年のお正月は、みっちゃんの家に泊めてもらったんだった。
みっちゃんの養母さんが良いよって言ってくれたんですが、今考えれば厚かましい話しです。
みっちゃんは、男の人と喫茶店へも入ったことが無い、つまり僕と行くところが全て初めての経験なんです。

2月16日に結婚式をあげるって姉が設定してくれたんです、互助会を使ってと後で聞いたんです、つまりは嫁さんを月賦で貰ったんですね。
みっちゃんの南って苗字が僕の苗字になると絶えるから、継いで欲しいと聞いたのは式の日の1週間前でした、もちろん箱入り娘を射止めたんですから断る訳にはいきません。
それで、その日から南になったんですが仕事(営業課)では旧姓でしたから、そのままにしてたんですが、娘が3歳頃だったでしょうか、僕に『前田のおっちゃん』と呼んだんです。
みっちゃんは慌てて『お父さんでしょ、お父さん』 
僕「えっ、こいつって僕の子じゃないの?」
みっちゃん『ごめん、隣のお兄ちゃんの・・・』
その日から僕に『お〜い前田君』と呼んでも返事をしませんでキョロキョロしてやるんです。
そんな南も定着した頃みっちゃんは『養子でごめんね、元の苗字に戻っても良いよ』と言ったんですが、苦労して南になったのに、また昔の名前で出ていますなんて面倒はごめんです。

そんなことで結婚した当時はみっちゃんの家に僕の少ない婿入り道具を持って行ったんです。
名実共に養子になったんですね。
僕『みっちゃん、お茶をください』
みっちゃん『娘よ、お父さんがお茶だって』
娘『養子なんだから自分で入れれば〜』
僕「そりゃ〜そうだね、自分で入れます、みっちゃんは? 娘は? 息子は? はい4つね」
僕は養子の鏡ですね。
財産が無いから気楽です、馬車馬のように働く養子ってそうそう居ないんじゃないかな?
娘『変な親父や、養子を自慢しとおる』 その娘から隔日のように電話があります。
ミカンの話し、婿の話し、孫の話し、舅姑の話し、みっちゃんの話し、お腹の子供の話し、など一緒に住んでた当時もあまり話さなかったなんてことはなくて、朝起きておはように始まって、おやすみまで、毎日よく話しのタネがあったもんです。
その娘が今日電話してきたのは、孫がノロウィルスに似た症状だとかで、親子で入院するんだそうです「僕は見舞いには行かないよ、移ったら彼の人に会えなくなるから」
娘『薄情もん、まっ良いっかお見舞いのお金だけ送ってくれれば我慢してあげます』
良い娘なんでしょうかね? 
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by kattyan60 | 2005-01-12 03:26 | 幸せの定義



ヨーガをするショコラ君
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