山の彼方の幸せ求め・・・

2004年 12月 19日 ( 6 )

ハンサムになり損ねた男の悩み

気働き・・

人と出会い、そこから色んな方向へと進展する。
男女が出会ったとき、美形を好むのは仕方のないことだろう。
初めて出会ったときに、観る、つまり観察することから始まるのはそこに目が情報を集める
のに適しているから、ついそれに頼ってしまいがちだ。
では目で情報を集めることを止めてしまうと残るのは言葉だろう。
心の目を見開き言葉に嘘が無いか真実を捜す。
僕のようなチビで美形とは縁の無い男が女性に愛されるためには誠実になり、知を磨くしか
ないのである、つまり長年懸けて知識を貯め込み話題を豊富にし ひたすら努力するしか
ないのである。
新鮮なマグロのトロを見ただけでペロッっと舌なめずりされない、するめの気持ちでしょう。
僕は、マグロのトロではないぞ するめなんだと気づくのが早かったおかげで良い妻に会えたと思っている。
選ぶ権利を有するご婦人方が、ナイス・ボディに大金を賭ける前に目の前の男性を目を瞑り(つぶり)彼を判定してみてください。
彼はきっと貴女に誠実な信号を送っていることでしょう。
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by kattyan60 | 2004-12-19 15:12 | 愛を語る

亭主の権限は

僕が結婚して二十数年が経っていた、従順だった妻も僕からテレビのリモコンを取り上げて
エプロンのポケットに隠す。
妻は僕に物が欲しいとは言った事が無い、ブランドにも興味を示さない。
そんな或る日、亡くなった義母のために墓が欲しいと言った。
妻は娘の所属する[ローター・アクト・クラブ]の会員に石材屋の息子が居るので相談したら墓石も格安で良いと云う、墓地も無償で提供してくれるそうだ。
彼のお父さんが無償で使ってもらえと言い決めた後旅立たれたそうだ。
妻は僕に相談する事なく決めたそうだ。
その墓に未だ妻を葬らずに僕が遺骨を持っている。

社用車でもある僕の車の寿命を感じた時、買い替えるべくディーラーへ寄った。
とても気に入った車種があり、妻に電話をすると自分の車で来た妻は『商売で使うのに
乗用車を買ってどうすんのよ』僕は下を向き、販売員に謝った。
それで、妻が決めたのはクラウンのワゴンだった。
妻の決めた車で走り回り3年で16万Kmも走った。

休日の日差しを楽しんでた時、妻がチラシを出し『家を買います』と云う。
驚いてる僕の襟首を摘んで『さぁさぁ行きますよ』
僕は家なんぞ欲しいとは思わなかった、壁と屋根があれば良いじゃないかと思う、税金を
払った残りのお金で買うものにまた税金がかかり、しかも固定資産税とかで毎年税金を
払う、そんな制度が何ともやるせない、だが妻の幼少期の苦渋を思えば無理に拒否してやることもない。
僕の役目はそのマンションの構造がしっかりしているかどうかを見るだけだ。
そして買ったマンションに9年間住んだ妻は満足だったろうかと思いながら手放した。
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by kattyan60 | 2004-12-19 13:44 | 幸せの定義

ソファーはドイツ製

過去の経験が思考の基準になる。
行政もこの前例を大切にしている、裁判でも前例を調べることから始まるのであろう。
新しい判例を下すのは難しいのであろうか?
税務署でも大阪は特殊なんであろうか、大阪人の考えの柔軟さが そうさせるのか税金を
負けてもらったと云う話しは嘘ではない。
僕は大阪人のそんな柔軟さが好きである、勇敢なのであろう。

先年、娘の住む静岡で眼鏡が欲しいと云う娘を伴って暫し待っていると枠が決まったと
云う、それにレンズを選定して価格を聞き値切ったら店員さんが怪訝(けげん)な顔をする
娘は空かさず『お父さん、此処は大阪じゃないんだから、値切っちゃだめ』そんな〜
買い物の楽しみは色んな商品を見て選び、値切る交渉をする、そこで店員さんとも仲良く
なれるのではないだろうか、此処はそんな楽しみが無い処なんだろう思った。

リビングに置いてあったソファーが猫君達の爪研ぎの格好なもので、相当傷んでいた。
立て看板に[ここで爪を研ぐな]と書いてみたが、匂いだけ嗅いで無視された。
その猫君も天寿を全う(てんじゅをまっとう)し天国に旅立ったのを機に、妻が椅子を買おうと云うので、大阪の百貨店へ出掛けた。
天王寺にある百貨店を選んでみた、此処は庶民の街として店員さんとの距離が近いだろうと目論んだのがその理由だ。
家具売り場を歩いていると、如何にも高級な感じの椅子がある、ゴブラン織りの生地も
豪華で品がある、店員さんの許可をもらって座り心地を試すと、足の短い僕にもフィットする、背もたれも金具で上に回転して頭を支えることもできる、[よっしゃっ]
店員さんに聞くと46万だと云う、腕組みをして考える振りをし、立ち去ろうとしてもう一度帰り座り、良いなぁ〜と小さい声で言うと店員さんが『如何でしょう、これはドイツ製なんですドイツの職人さんが丹精こめて作ったものです、如何です?』 そら掛かった。
「僕は大変気に入りました、欲しいんですが予算が合いません」 すると店員さんが
『お幾らの予算をお持ちでしょう?』
僕「はい、24万です」
店員さん『ではこちらなんか如何でしょうか』
僕「いいえ、長く使うものですから妥協はしたくないんです」
店員さん『暫くお待ちください』と向こうへ小走りに消え、暫くすると責任者らしい人を伴って来た。
店員さん『お待たせ致しました、上司に相談致しましたら特例です、それで良いそうです、
良かったですね』
僕「はい、ありがとうございます、これで全額でして帰りに食事もできません」と24万を
手渡す、すると店員さんが1万円を抜いて返してくれて、食事をどうぞだって。
女房には内緒だが、買ったソファーじゃなくその店員さんが好きになっちゃいました。
上司の云う特例をそのまま素直に信じましょう。
今、そのソファーは娘の家で猫達の格好の寝床になっている。
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by kattyan60 | 2004-12-19 13:13 | カテゴリーに入らない話

女と男

昔読んだ司馬遼太郎の本の中に、女は男のみで生きて行けるが男は女のみにあらず
と云う章に共感したものだ。
戦場を駆け巡り、たまに帰って来た亭主は『ささ、早う早う』と妻の被服を剥ぐ。
女は待ち、男が訪ねるというシステムは植物の花粉にも見られるし、そのシステムが一般的
ではなかろうか。
人はどこ迄待つ事が可能なのか、サスペンスなどのエンドで連行される女に男は『待ってる
よ、いつまでも待ってるよ』と声をかける、待つよと言ったその日に風俗店に通えるのが
男でもあろう。
さて女はどこ迄待てるのだろう『バカ言ってんじゃないわよ、ムショに入るような奴はごめんだね』とさっさと見切りをつけるだろう。
女の目的は子育てにある、そこで男の役目は収入の確保であろう、そして子育ての補助を
してくれれば、有用な亭主殿ではなかろうか。
そして子育てが終わり、鏡を見て皺(しわ)が増えたことに焦り、乳液だ〜皺取り手術だ〜
ヨン様〜となるんだろうか、そんな女房殿を養える旦那様、それもステータス・シンボル
でもあるんです、せっせと稼ぎ女房殿の長年のフラストレーションを補ってあげてください。
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by kattyan60 | 2004-12-19 10:26 | 愛を語る

女と男

妻が残した文庫本、[男はころり、女はごろり]田辺聖子著の中に面白い章がある。

要約すると、外で多くの人に指令を出す英雄、豪傑といえど家に帰った夫に妻は、フン!
というようなところがあったのではないだろうか、ナポレオンの妻ジョセフィーヌにすると
如何なる英雄も家に帰ればただのおっさんなのだ。
『あなた、トイレのスリッパはちゃんと脱いでください、歯磨きのチューブの蓋を閉め忘れないで』などと怒鳴らずにはおれない、それでこそ妻である・・・・・
まさにその通りではなかろうか。

隣の住人が有名な作家であっても気づく人は別としてサザエさんちのかつおちゃんや
わかめちゃんにとっては好々爺であろう。
高倉 健が恵利 ちえみさん(えりってこんな字だった?)と結婚したが、家では何も手伝わなかったんではなかろうか。
高倉 健がエプロンをしてトイレ掃除や風呂を掃除している姿は想像しにくい。
つまりは、格好良い男は良い夫とイコールでは無いのであろう。
良い夫をお持ち(妻の所有物)の奥様方はもうお気づきだろう、格好良くて家庭の雑用も
手伝える男はそうそう居ない。
愛されての結婚か愛しての結婚かの議論はあろうかと思う。
男の中にも、我こそはキムタクに負けじと自負される方もおられるだろう。
妻は夫がハンサムである必要は友人に紹介するときと、子供にそれが反映されるであろう
ことは明白であろう。
それ以外は夫はトイレのスリッパも歯磨きのチューブの蓋を閉め、忘れた買い物に走ってくれる方が重要なのであろう。
夜は寝入るまでマッサージをし、決して『なあ〜お前久しぶりにどうよ』なんて迫らないのが好ましいとは、男にすれば困ったことだ。    続く
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by kattyan60 | 2004-12-19 09:37 | 愛を語る

食べること

今夜は冷凍したあった、頂き物ののご飯をチンしてレトルトのカレーをかけて満腹になりました。
生きるための食事。
空腹を満たすための食事。
健康を維持するための食事。
病気を進行させないための食事。
美容を考えた食事。
美味しさを追求した食事。
長生きするための食事。
考えてみると食事にもいろいろあり、りりぃ様のBlogに載せられた それは一度口にしたい
ものが多い、早瀬久美様のBlogで教えていただいた飲茶食べ放題は東京だから無理
だけど、飲茶を楽しむ余裕も欲しいと考える。
独りだと空腹を満たすことで満足してしまいがちな食事も少し反省をしなくてはいけない。
若い頃は量さえあれば満足し、中年になった頃は種類の多さに満足したものだ。
今は取り敢えず食べれば良いっかとなってしまった自分に反省しています。
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by kattyan60 | 2004-12-19 00:09 | カテゴリーに入らない話



ヨーガをするショコラ君