山の彼方の幸せ求め・・・

2004年 12月 15日 ( 6 )

第二の女性

タイって国には男性が女性になる人が多いって聞いた。
バンコクに取材された外国の番組をスカパーで観たことがある。
第二の女性と云われる人達は、はっきり男性と判る方から、完全な女性の方も居られる。
その手術には、お金が無い方は麻酔も無くカミソリでバッサリと・・・・・
男性として教鞭を持ち、途中から変身したことへ生徒は素直に受け入れ、変身した先生は
見かけより中身の自分を評価して欲しい。
見かけを真似ずに、知識を吸収して欲しいとは反省させられます。
人を見かけで判断しがちだが、その方の生き様まで解っている訳じゃないから安易なことは
避けよう。
明日から、否今からそうしよう、少しかまっぽい僕のBlogになっても我慢してください。
だあれ? 嘔吐(えず)いたの 
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by kattyan60 | 2004-12-15 22:01 | カテゴリーに入らない話

未だ生臭い〜

今日、僕のメール受信に数十軒の投稿があった。
殆どは物品販売のお知らせメールだったが、横文字のアドレスでの投稿に目をやると
[ご無沙汰しています・・・・]から始まる丁寧な言葉が並んでいる。
僕の喘息を気遣った内容に続き、オアシス会のことが記してある。

おっ これは大変だ、某大学病院の教授からだった。
本来の定期検診に行かなかったのを思い出した。
過去、数回予約をすっぽかしたことを責めるでもなく、やんわりと聞かれると却って恐れ入る。

彼の教授とは喘息の患者とその家族へもっと多くの情報を流したい、そして短い診察
時間内では出来ないであろう質問などを受け付けれる器作りをしようと話し合った。
それが[オアシス会]と友人の奥さんが命名してくれた喘息患者、肺疾患患者の会だった
HTMLを勉強する目的も、この会のホーム・ページ作りだった。
風邪をひいてる事を告げ、産気づいた鶏の(失礼)ごとく忙しい教授に日時は合わせると
コメントしたら、27日の午前中に診察をし、午後にミーティングをしますってことになった。

これをライフ・ワークにするにはまだまだ生臭さを残す僕には無理でしょう。
品位、人格共に枯れて崇高な方をと思いながら日々を過ごしてしまった。
全国の患者の会のホーム・ページを拝見しても、そうそうたるメンバーが名を連ねて
居られる、世間で云う有識者。
僕のような無識者でオッチョコチョイには勤まるはずもない。
会員数推定1000人ぐらいにはなるだろうと教授のお話に、お尻がヒャーっとした。
金銭が絡み、人が集まるところには利権が生まれる、それを僕は嫌う。
そこに身を置く事が嫌でもあるが創った責任もあろうから、協会としてトップを作らなければ良いんだろうか、何方か良い知恵があれば教えていただけますでしょうか。
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by kattyan60 | 2004-12-15 19:59 | 老いても尚

テッシュ

僕が風邪をひくとテッシュのお世話になる。

しかも大量に消費する。

そのテッシュが直ぐに無くなるので買い足した。

スーパーの売り場に5箱で2百数十円のテッシュを見比べてみた。

安いのは150組300枚、少し高いので180組360枚、一番高いのが200組400枚と書いてあり、その200組のを買った。

昨日まで使ってた箱を見たら150組だった。

一組取り出すとそれは、昨日迄使ったのより厚みがある。

昨日迄のは時々切れずに繋がっている、僕が沢庵を切った時のように次々と出てくる。

今度からは200組のにしようと心に誓った。
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by kattyan60 | 2004-12-15 19:12 | カテゴリーに入らない話

微妙な人間関係

人の字は寄り添い合うとスピーチでよく聞くことです。
夫婦は兎も角、その周囲の人達の関係が微妙なんですね。

僕たちに、息子が生まれた時に、よき姑(しゅうとめ)になるための講座をやったもんです。
テレビ・ドラマでも取り上げられる大昔から解決していない問題も息子を授かった時から
身近な問題となることは必定。

息子が中学校になり、少し大きな制服と鞄を持った息子にみっちゃんが『お弁当持った?
体操服は? ラッパは忘れてないのか? ハンカチと鼻紙は?』と僕の食事の用意をしながら出て行く息子の背中に投げる、毎朝同じ順序で同じように・・・

その日息子がその声を聞く前に『お母さん、僕は右足から出たら良い? 左足か?』
それで出鼻をくじかれたみっちゃんは、椅子に座る僕を見てニタ〜と笑った。
翌日から[行ってらっしゃい]とだけ言うようになった。
妻の結論『息子が結婚したら私の玩具はかっちゃんやね?』

息子が結婚し、孫が出来ても息子の家には行かない。
当時は僕達の家からは そう遠くないところに住んでいた、みそ汁に少し温かみが残る
距離だったろう。
彼らから要請が無い限りは訪ねない妻に多少の不満があった。
もっと、この孫と遊びたいと思う僕の神経を逆撫でする。
いや、本当は僕より会いたかったはずなのに、と云うのは孫を預かった時のみっちゃんは
僕が嫉妬したくなるほど可愛がる。

先日、この5歳の孫と温水プールへ出掛けた。
走る車中で
僕「かっちゃんの奥さんの事覚えてるか?」
孫『僕のおばあちゃんやろ? 顔は知ってるで、そうやこれ おばあちゃんや』と僕が差し出した妻の運転免許証。
みっちゃんは良い妻であり、良き母でもあり、良き姑でもあったと回顧する。
息子は僕とあまり妻の話しをしない、多分僕に遠慮しているんだろう。
娘は遠慮することなく話す。
『父よ、あんたの奥さんはね、お母ちゃんはね、これが好きだったのって知ってた?』
妻が僕に見せたことのない一面だった、それは少し寂しくもあったが、多少の秘密が
あった方が良いと思う、あの世とやらで聞く楽しみもあるってもんだ、覚えてたらの
話しだけど。
僕は記憶力には自信があった、今も凄い速度で覚えることができると自負していた。
最近、親友からHTMLなる言語を勉強しろと云われて本を買ってきた。
凄い早さで忘れる自分に暫し戸惑いながら本を閉じた。
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by kattyan60 | 2004-12-15 18:50 | 幸せの定義

愛しています

妻と結婚して34年余
妻との結婚式の後、友人に借りた車で式場から新婚旅行へ出発しました。
行き先? 
夕方出発した車は名神高速を東に走り、取り合えず京都の町へ入り南禅寺界隈をグルグル
予約なんてしていないから、飛び込んだのは ご同伴ホテル。
妻となったとはいえ二人で初めて入るホテルのケバケバしさに妻は戸惑いながらも
黙って着いてきます。
翌朝、18歳の初々しい妻を伴い車に乗って伊勢まで飛ばしました。
車の中で朝食をと買ったパンとコーヒー牛乳を妻はブラウスに こぼし泣き出してしまう。
泣く妻を慰め、ブラウスを買い、着替えた妻はご機嫌も治りドライブを楽しむはずが
ですね、昨夜は何故か眠れなかったそうで車の中で爆睡。(何故寝てないんだろ?)

起きた妻と将来の事なんかを話し合う。
「僕は今の気持ちを生涯変わらず持てる、その理由は僕もお前も両親に恵まれなかったから
家系図のトップに僕達の名前を書き込む、だから最初の僕達は子孫のために伝説となる
程仲良く暮らす義務がある」
続けて
「晩年には、二人で縁先に座り、猫のノミでも取りながら昔話をするねんよ、そのために
今日から、その想い出日記が始まるねん、そのためにも良い想い出をたくさん残すことが
必要やから、僕の嫌いなところはドンドン指摘してくれたら、直す努力は惜しまない、
お前にも言いますから直す努力だけはしてください」
晩年、この話しをした時、妻は古い話しをよくまぁ覚えてるねと言ったが誰しも大切なことは覚えてるはずですよ。

僕は妻を愛する気持ちは今も変わりません。
彼の人を愛する気持ちも妻同様です。
違いがあるとすれば、妻は僕を愛してくれました。
彼の人は横を向いています・・・・が良いんです、こっちを向く迄待つつもりです。
アメリカから来てた姪のデビィは『かっちゃん、スレィーブだ』と言ってました。
アイ アム スレィーブ? 何のこっちゃ辞書によると奴隷だと/
それは違います、命令されて動くのが奴隷なら僕は命令などされたことはありません。
彼の人に、お座り、お手、伏せなんて言われたことはありません。
むしろ僕が、食事に行くぞ、映画だ、お茶だと言います。
その度、『仕事もしていないんだから節約しなさい、うちで何か食べたら良いやんか』
と叱られます。
ならばと食材を買い求めて行くとレジ袋から出しながら小言が続きます。
『かっちゃんねぇ、この料理に こんな肉は向いていないのよ、安い肉の方が良いの』
自炊初心者の僕はこの小言で常に勉強しています、無駄使いが減りました。
以前は毎晩のように行ってたバーにも行かなくなりました。
毎月買ってたシャツも買いません。
彼の人のご家族ともすっかり仲良くさせていただきました。
こんな僕を暖かく迎えてくれる皆様に感謝しています、娘も息子も感謝しているそうです。
彼の人は僕を親友として見ているそうです。

彼の人へ僕を男として認めて、こっち向いてくれ〜〜〜〜
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by kattyan60 | 2004-12-15 16:30 | 愛を語る

僕は幸せ真っ盛り?

今日、新しいBlogの方へ訪問致しました。
奥様を亡くされた方でした。
全文、読ませていただきましたが、とても僕の及ぶところではない。
ず〜〜っと大人の方でした。
ボランティアに参加されて、再就職もされて立派な方です。
そこへ行くと、僕は日々遊び惚(ほう)けています。
ボランティだって昔はボーイ・スカウトを数年間させていただきましたが、ボランティアっていうより、自分の楽しみでしたから、ボランティアというにはおこがましいってもんです。

定年後、持て余す時間をどう過ごすか?
これは、会社人間や仕事に没頭した真面目な方が定年と同時に老け込むそうだが、僕は
そうはならないぞと妻とも話し、計画もしたもんだった。
ところが、妻が先に逝っちゃったら 計画してたことも全ては放棄する訳だから、パニックにならない方がおかしいでしょう。

その日、僕は泣きました、その翌日まで徹夜で泣きました、出されたご飯を食べながら泣きました、トイレに座って用を足しながら泣きました、お風呂へ入っても泣きました。
他のことは何も覚えていないくらい泣きました。
涙が無くなりました。

女友達ができました。
笑顔が出てきました。
泣くより笑う方が多くなりました。
一年に一度くらいは泣かないと申し訳ないなぁと思う日がきました。
どん底だと思った日もありました。
[山の彼方の空遠く幸い住むと人のいう・・・・]実感しています。
同じか、または どん底だと思う人達、僕に続け〜
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by kattyan60 | 2004-12-15 01:35 | 山の彼方の空遠く



ヨーガをするショコラ君