山の彼方の幸せ求め・・・

2004年 12月 11日 ( 5 )

娘と語る

今日の夕方、レスト・ルームで本を読んでいる時に電話が鳴りました。

僕は慌てました、急ぎました、電話に出たら切れました。

電話は娘でした、もう一度レスト・ルームに入り本の続きを読みました。

また電話が鳴りましたが、持っています、慌てません、急ぎません。

僕「は〜〜い、娘よ先ほどはすいませんでした。 何でしょう?」

娘『明日、宿泊先まで来てくれる?』

僕「もちろん、行きます」

明日は生のLiveで面白い話しが聞けます。

本当なら、枕を並べて夜明けまで聞きたいもんだが つわりの妊婦さんだし、旦那と孫も

一緒だから出来ない相談と諦めましょう。

明日が楽しみです。
[PR]
by kattyan60 | 2004-12-11 23:54 | 幸せの定義

メモリアルとして

先月の11日にこちらのBlogに越してきてから 170の記事になった。
その中身たるや、写真も無く軽いものが多い。
皆様の記事を拝見していると、時間を懸けて取材されベスト・ショットを撮影し記事にされているから、読み応えのあるものとなっている。

僕は安易にスタートしたしたせいか、中身に重さが無い。
あるコメントに[泣きのかっちゃん]と表していただいたことがある。
僕はその通りだと思った。
妻を亡くしたことから、逃避しようともがいた時期もあった。
今は辛い環境を懸命に生きている人に、[どうだい、貴方の環境よりひどいだろう ? 妻は僕よりもっと辛い幼少期を経験したんだぞ、だから負けずに頑張れよ]と云うメッセージをと思い、恥を忍んで書き記している。
だから、思いつき的なところが多い。
訪ねてくださった人が1000人を目前に、少し内容を考えなければ申し訳ないぞと考えている。 
変なコメントを残されたと嘆かれていたブロガーさんも居られたが、僕のところは紳士淑女ばかりで温かなコメントを残していただき感謝しています。
時には叱咤もしていただければ幸いだと考えています。
[PR]
by kattyan60 | 2004-12-11 11:39 | カテゴリーに入らない話

男の劣等感

男は人前で裸になるとき比較する。

僕がハンサムだった頃、前にタオルを当てて歩き浴槽へ向かう。男が男に自信のある人は隠さず”どうだ、参ったか〜頭が高い” と自慢げに歩く。
僕はタオルで隠し、端を歩きそうゆう人に道を譲る。

友人と話す機会があり、頭の良い彼はすっくと胸を張り僕に説明を始めた。
友人『お前さ、自分のは上から見てるやんか、ほんで相手のは正面から見るやん、そこで考えてみろや、勝てない訳はそこにあるんや、それと日本人の平均的サイズはやね・・・・』
彼は平均的サイズがあれば決して悲観することはないと。
彼は今、歯科大で教鞭をとっている。
以来、タオルは洗面器の中えと入り、僕は胸を張って真ん中を歩いている。
[PR]
by kattyan60 | 2004-12-11 11:08 | 親友

妻、子、義父

僕は偏った考えだとは思っていない、だが多くの人と考えが違うように思う。
妻はそんな僕をよく支えてくれたと思い、晩年妻の考えを聞いたことがある。
妻は『ヤクチューよ、ヤクチュー』
一瞬意味が理解できなかった。
妻『あのね、毒を少しづつ食べ続けると、他の物では物足りないのよね〜』少し寂し顔だった。
良い妻は夫の事を考える。
良い夫は妻の事を考える。
良い母は常に子供の事を考える
良い父は常に子供の事を考える。
良い子供は自分の事しか考えない。

妻は子供達に対して干渉しなかった。
僕は干渉した、娘は僕に過干渉だと言った。
そんな干渉を僕は河豚(ふぐ)の文化だと表している。

河豚の文化とは、初めて河豚を食べて毒に当たった人が子供に言った『皮を食べるなよ』
子供は皮を残して河豚を食べやはり毒に当たり子供に言った『皮とシッポは食べるなよ』と
またその子はと続いて、僕達はあの河豚とその後の雑炊を楽しむ事が出来ている。

僕は義父と話す事が無かった、義父は寡黙(かもく=無口)な人だったせいもある。
父は実娘の家に引き取られていた。
僕は義父に会い、家に来るように言った、
父は僕の家に来て、生まれて間もない娘を長い時間、抱いていた。
父の寝床はここと言ったが、帰ると言い夕食も食べずに帰って行った。
次に父と会った時は顔に白い布が掛けてあった。
父が家に来てから僅かな月日のことだった。
[PR]
by kattyan60 | 2004-12-11 10:47 | 幸せの定義

麺のコト

早瀬久美様からTBさせていただきました。
僕が初めてインスタントラーメンに出会ったのは中学校の2年生。
学校の同級生の家が模型屋さんで、そこの2階で模型の製作教室が開かれていた。
今のプラスチックではなくて、荒削りされた木を図面に合わせて削り仕上げます。

その日も教室へ行き、作業をしての休憩タイム。
同級生『おい、こんなん知ってるか?』と持ってきたのは皿に入った調理前のラーメン。
その不思議な物体に鼻を近づけると強い匂いではない。
暫くするとお母さんが作ってくれて、食べてみるとあのチキンラーメンだったんです。

その頃、近所の友人達と銭湯に行き、帰りに[中華ソバ]を食べに行くのが僕らの
決まりごとだったのです。
カレーライス同様、日本の料理に新しいジャンルを築いた麺文化も分化し、[高級ラーメン]からレトロな[中華ソバ]、[インスタント・ラーメン]まで、その種類は数える気にもならない程増やしてしまった。

数日前の記事にさせていただきましたが僕達熟年者は、体を厭いつい敬遠しがちなラーメンが何とも美味しく工夫され、僅か2〜30cmのフィールド(丼)に千差万別の世界が
あったんですね。

生きるための食事から、口から喉まで10cmの芸術にまで発展させた食事、その中の麺、
日本の[うどん]と共に世界に広がって欲しいものです。
[PR]
by kattyan60 | 2004-12-11 01:07 | 老いても尚



ヨーガをするショコラ君
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31