山の彼方の幸せ求め・・・

2004年 12月 06日 ( 2 )

下着の話し

夜寝る前に風呂に入る、そして下着を取り替えて寝る。
マリリン・モンローさんがシャネルの香水をネグリジェ代わりと発言して物議をかもしたのは遥か遠い昔話しとなりました。

野郎が「僕の下着は香水で〜す」と言って似合う男は多くないでしょう、僕ならきっと
トマトや腐った卵が飛んでくることでしょう。

僕がトランクスになってからは10年程、それまでは下着はブリーフ、それも白と決まって
いました。
成長した息子のと間違いがあってはと、妻は僕のブリーフにだけ[かつ]とマジックで
書いてました。
僕が聞くと『アナタは人前でズボンを脱ぐことはないでしょうが息子は体操服に着替える
時に人前で脱ぐから恥ずかしいと言うからなんです』と はい、ごもっとも
そして、小学生よろしく、僕の下着には どれもこれも[かつ]と書いてありました。

夏の日に、友人宅で何かをしてた時に雨で濡れてしまって奥さんが『すいませんねぇ
着替えを出しておきましたから どうぞ』と風呂場へ案内してくれて、さっとシャワーを
浴びて着替えを見たらそれはトランクス,色こそ付いているが、それは小学校の低学年に
穿いてたトレパンです。
穿いたらスースーして少し不安だけれども肌触りは良いし柄物だから間違わない。
その日を境にトランクスになり、腰の[かつ]と書かれることも無くなりました。
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by kattyan60 | 2004-12-06 23:02 | カテゴリーに入らない話

お母ちゃんの想い出が今も

僕は小さい時に火傷をした。
小学校へ上がる前だった。
軟膏みたいなのを張り替えるのが痛かったから嫌だった。
お姉ちゃんは、僕に嫌がることを行ったので裸で追いかけた、
お姉ちゃんは、お母ちゃんを回って逃げた、立ち止まったお姉ちゃんを捕まえたら
笑い出した、軟膏を塗ったガーゼが取られていたが気が付かなかった。

あれは、
姉の家の二階で当時 珍しいあんぱんを貰って階段を駆け下りて、お母ちゃんに見せに
行こうと焦ったように記憶している。
足を滑らせて落ちた。
その階段下で姉は[かんてき(しちりん)]で うどんを湯がいていた その湯を被った。
お母ちゃんが駆けつけズボンを脱がせたらしい、それがただれた皮膚を剥ぎ取ったと
お母ちゃんは僕に謝ったのは少し成長してからだった。

小さな可愛い(?)僕の左腰にケロイドを残した。
「お母さん、あの時のアンパンはどうなったんでしょうね」(聞いたことのある台詞だな)
当時、黒猫と呼ぶ海水パンツが(今のTバック)主流なのに、僕だけがブリーフタイプ
の水着が許可されていたのはお母ちゃんが先生に事情を説明したんだろうか。

僕が成長すると火傷も少し大きくなった、お母ちゃんは悪いことしたと大人になった僕に
云ったが、僕はそれ程気にしてなかったのになぁ〜

今日は10編の記事を書くぞと思ったら12時を回ってしまったから、達成せずだった。
アイタ・ペアペア  ケセラセラ また今度挑戦しよう。(yokorenjya様の言葉より)
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by kattyan60 | 2004-12-06 00:49 | 愛を語る



ヨーガをするショコラ君