山の彼方の幸せ求め・・・

節分に想う

昔々、母は言った。
『歳の数だけ食べるんやで』

「もっと食べたい、食べたらあかんのん?」

『あかん』

「食べたい」

『あかんて言うてるやろ、こうして数えてな、ひと〜つ ふた〜つ みっつ』

大豆をホーロー鍋と云う、キッチンのボールを押しつぶしたような薄い土鍋をですね、大阪では[かんてき]と呼ぶ七輪で煎ってくれたお母ちゃん。
翌日には、僕のポケットに一握りの大豆が入り、それを大事に食べたんです。
そんな大豆ですら、一つでも多く食べたいと思った何も無い時代だったんですね。
その大豆を62粒も食べれる歳になった今、大豆は食べなかった。

お母ちゃんは、僕を41歳で産んで後妻に入り、グレた兄貴の面倒を見て、職人だった亭主関白の義父に仕え、炊飯機も洗濯機も冷蔵庫も無いアナログな生活の中で僕を育ててくれて、節分には[かんてき]に炭をおこし。ホーロー鍋で大豆を煎って、子供に節分の何かを教えた。
そんなお母ちゃんの人生を思う時、娘や亭主を捨てて家を出た時にボタンを掛け違えたんだと振り返る。

歴史は振り返る事で間違いは解るもんだが、その時は判断がつきにくいものなんだな。
僕も何か間違った選択をしていなかっただろうか?
振り返っても選択した時に戻れないとなれば、今日を、明日を間違う事なく進むしかない、この用心深さこそが学習であろう。
節分に思う、人に迷惑をかける事なく人生を全うしたいと・・・・・
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by kattyan60 | 2006-02-04 13:35
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