山の彼方の幸せ求め・・・

山の彼方の空遠く幸い住むと人の云う・・・

危なくて見てられないところで命を繋いでいる人達。
自虐であったり○○未遂であったりとする人達。
歌手でもそこの路線を歩み歌い若者が共感を覚えた人。
作家で天寿を待たず去られた有名な方も数名居られる。
落語家しかり、その瞬間を経験し生還された方なら切羽詰まったぎりぎりの思いは理解
できるのだろう。
僕がそのぎりぎりを歩いていた時、命を無くす恐怖は無かったことは事実だが、苦痛に絶えられるかどうかと云えば幸と云おうか不幸と云うべきか未だ呼吸をしている。
喘息と幼い時の火傷がトラウマになっていて、呼吸を止める苦痛には堪え難いし火傷によることは考えもしたくない。
体液を流しての事であるならと試してみたがダメで今も呼吸をしている。

独りリビングに座り、テレビを観るともなしに時が無駄に過ぎて行く。
思い切って日本刀を抜いて刃にタオルを巻き、腹に当ててみた。
チクッ 痛ぇ〜 バッフアリンを飲んでおこう、それと刃は消毒をしておくべきだ。
バッファリンを数錠飲み数十分が経ち、チクッ 痛ぇ〜
テレビで漫才をやっている、[薬も効かないし、漫才を見てからにしよう]ガッハハ

バッファリンが効いてきた、何故判ったかと云うと寝てしまったからだ。
翌朝目が覚めて周りを見るとリビングのソファで寝てしまっていて日本刀もそこに有った。
これより以前には息子や娘が危険な物として家族の写真刃物類に注射針(喘息用)など総てを持ち帰ってしまっていた。
それから数ヶ月、妻が去って半年頃もう大丈夫だろうし刃物が無いと炊事もできないだろうと返してくれた。
関西人を代表する軽薄短小の僕の事、その前日の事を切羽詰まって考えられなくなってしまっていた、もちろん処方されていた安定剤にもよるんだろうけど。
今振り返ってみれば その頃の僕は精神が病んでいたと思う。
誰にも訪れる別れは知ってはいても理解をしたくなくて目を反らしがちだが、大事な人との別れがある事を身を持って経験していながらも、また大切な人が出来てしまっている。
大切な人と長い暮らしの後に訪れた別れを癒してくれる時間の経過を引き算してみると、別れを承知していても長い幸せを望んでしまった、そこに後悔は無いはずだ。

世のぎりぎりを歩いている人達にもう一度[山の彼方の空遠く幸い住むと人の云う]を思い描いて欲しいと願い、恥ずかしいついでに過去を投稿しました。
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by kattyan60 | 2005-02-18 03:44 | 幸せの定義
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