山の彼方の幸せ求め・・・

小さな家

僕の住んだ家は古い家で、属に云うところの棟割り長屋で4軒繋がっていた。
玄関の扉をガラガラと右から左へ開けると4帖程の土間があったのを義父が改造して1帖程土間を残して畳の部屋を作った。
そこへ上がり、数歩歩くとガラスの建具の扉があって左は二階への階段、右は4帖半の部屋があって もっぱらそこで食事をしていた。
玄関の土間の右手には台所があって、[へっついさん]所謂(いわゆる)[かまど]である。
お袋はそこでご飯を炊くのだが風の強い日等は煙が逆流してゴホンゴホンと咳をしながら
火吹き竹をふ〜ふ〜吹いていたのを思い出す。
食事をする部屋を抜けると6帖の部屋があり、その左手には黒檀のタンスがあって親父の自慢だった。
タンスの反対側に押し入れがあり仏壇と長持ちが入っていた。
その6帖を抜けると板敷きの廊下が左右にあり、その廊下から小さな庭へ降りられる。
その廊下の右端はトイレになっているが、トイレにしゃがんだ目線に小窓が明いていて庭に出ているとトイレの人と目が合うのがどうも親子と云えども照れくさい。
夏にはその縁先に腰掛けて西瓜を食べ、種をプップツと吐き出す。
秋になった頃、その種が芽吹いていたが春には消えていた。
その庭の向こうに僕の寝ていた小部屋があり、その小部屋は義父と義兄が作っていたのを覚えているが、小学校へ上がる前のことなので日数がどれほど懸かったのか定かではない。
それで、気をよくした訳でもなかろうが、その小部屋の隣に6帖ほどの小屋を建てて
使わない物の倉庫にしていたが、いつの頃からかそこを人に貸していておばあさんと中年の息子さんが住んでいた。
後年その中年のおじさんが酔って仏壇にお灯明のロウソクを立ててそれが倒れて全焼したのだった。
家が焼けた頃は結婚して家を出ていたが、想い出の品などはそのままだったので卒業アルバムなどは消えてしまった。
5番街のマリーじゃないけれど今も其処に住む知人は多く、時折訪ねるようにしている。
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by kattyan60 | 2005-02-12 04:43 | カテゴリーに入らない話
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