山の彼方の幸せ求め・・・

子供の名前、遺伝

妻が娘の顔を見ながら名前を決めた。
産まれたとき『名前はどうするの?』と僕に聞くから「お前が苦労して産んだんやから当然その権利はお前にあるんやからお前が決めたらいいよ」と言うと空かさず[あやこ]と言った。
二人目の息子が出来たときは、勤務する会社で大五郎や大介などと考えていたら仕入れ先の当時は課長で後に社長になった人が『あんた、息子を殺す気か?』と言って紹介された人が名付ける名前を列記したものをくださった。
その中から妻は[しんいち]を選んだ、何でも小学校の初恋の男の子の名前だそうだ。

赤ちゃんが産まれて直ぐは可愛いとは云いがたいがハイハイしだした頃から可愛くなってくる、友人達は『お前に似なくて奥さんに似て良かったやんか、美人にハンサムになるで』確かに幼い頃は可愛い部類にポトンと入れられると思った、成長するに従い僕に似て来るから気の毒で仕方がない。

娘が喘息を受け継いでくれている、その孫も喘息であるらしいと云うことは僕を忘れようと思っても発作が出ると僕を思い出すであろうかと密かにほくそ笑んでいる。
娘にその話しをすると『忘れさせていただきます』と冷たく言った。
『親父ほどヒドクないもんね』そう云えば発作で入院をしたことが無いが僕は娘の歳には救急車と入院は両手の指では足らず足の指も加えるほどに繰り返していたものだ。
僕は左程喘息や親を恨んだことはない、運命だと悟ったようなことでもなくて 只受け入れているだけだ。
母は僕の小さいころに『不憫やね、代わってあげたい』と言ったが母が喘息なら僕は喘息の苦しさ以上に辛かったであろうと思いこれで良いのだ今も思っている。
娘が生後1年くらいの頃、発作で苦しくて座って病院の開く時間まで耐えていた。
妻は横でイビキをかいている時、このまま死んだら楽だろうなぁ〜と考えたがそうするとこの二人はどうなるんだろう、何としても護ってやらねばと思ったらス〜っと呼吸が楽になっていくのが判った。
そんな事はその後無かったが、今程良い薬が日本では認可されてなかったが今は恵まれていると思うのは呼吸が出来なくなる程の大きな発作が出なくなったことに感謝しなくてはならない。
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by kattyan60 | 2005-01-28 00:03 |
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