山の彼方の幸せ求め・・・

ではまたの日に

毎度おおきにでござります。
充電が終わって(せえへんって言うのん誰?)また書かせていただきます。
その折はよろしくです。

ついでのことに、先日から書き物のご注文をいただいて調べたことに戦後直ぐの事を
調べたんです。
何とですね、僕が使ったことのある50銭硬貨や拾圓札に百圓札が載ってるサイトに
物価が載ってたんです。
逓信省電話局に入社した人の給料が799圓だったそうで、その頃の壱萬圓は大金だったんですね。温故知新、たまに古いことを知るのも良いことでしょうかね。
ちなみに豆腐が1丁8圓、煙草のゴールデン・バットは22圓だったそうで、ビールが大瓶1本192圓だとはお酒呑みの方は苦労されたんでしょうね、お母ちゃんがドブロクを密造したってのも理解できます。
強度のインフレだとかで月代わりに物価が上がったんですって、しかも闇市での価格も物価統制なんか無視で米が1升(1,5Kg)公定価格53銭のところ闇市では70圓だったそうで砂糖に及んでは1貫目(3,75Kg)が公定価格3圓50銭のところ闇市では1000圓もしたそうでサッカリンなる代用品が出回ったのもこの頃でしょう。
米屋さんで買って帰りに舐めて叱られた記憶があります。
甘いものに餓えてた時の砂糖キビは僕達子供の餌食になったのも頷けます。
『ギブミーチョコ』なんて米兵にねだったのもプライドより重要だったんでしょうか?
物を大切にし、繋ぎのあたったズボンや服を着れた時代も今は安く手に入るようになったもので家電品など修理するより買う方が安いって変な時代です。
そんな時代しか知らない子達の教育も難しいことだと思います。
海外に食料生産を依存している現在、物が不足したときに対応できるんでしょうかね。
そこを踏まえて家族で話しあうのも一考かと存じます。
皆様ご自愛くださいませ。  ではまたお会い出来る日まで 
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by kattyan60 | 2005-01-23 13:20 | カテゴリーに入らない話
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ヨーガをするショコラ君
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