山の彼方の幸せ求め・・・

ナンパ=軟派

免許証を忘れたのと たまには電車でと思って地下鉄で難波へ行ったんです。
一人で散歩がてら戎橋(えびすばし)から心斎橋へと入り、地下鉄で1駅分を歩いたんです。

僕が10代の後半に硬派、軟派と分ければ、間違いなく軟派です、その当時の友人4人でこのコースを歩くんです、左側通行ですから担当者はその接点を歩き物色するんです。
『よっしゃ〜行くで』と そいつがUターンすると3人が追いかけます。
担当者『ちょっと軽い食事かお茶に付き合ってくれないかな?』と声をかける、女の子達に多少でも その気があれば僕達には直ぐに判るんです。
友人の一人は そのナンパした子と結婚したんです、僕は美容院の娘さんと意気投合し、暫くは付き合いました、でも当時の僕は奥手でしたから友達以上には進展しません。
もう一人の子は天王寺の某百貨店の地下の菓子売り場の少し派手目の子でした。

デートだって日にアイビールック(キャンバス・ルックとも云った)で決め込んで地下の売り場に行くと、チョコをポケットに押し込んでくれます、万引きではなくて万押しってんでしょうね。
店員通用門で待っていると、初めて日本で流行った長いブーツに毛皮の襟の着いた黒のオーバーを着て出て来るのをゴミ箱の上に座ってチョコを食べながら待っているんです。
この頃から人を待つのが好きだったんです、ドキドキしながら待つのって良いもんです。

出て来るとゴミ箱から飛び降りる、そしたら彼女は僕の腕に手を通し、『[富士]へ行こう』と言う、そこは難波にあり当時流行ったツイストなどを踊りに行くんです。
貧乏だった僕は地下鉄の方へ歩き出すと『ねぇかっちゃん、タクシーで行こうよ』 ナヌ高いがなとも云えずに乗り場へ行って『ちっこいの来い』と声に出すと『私が出すから』そうごめんね。
遠慮はしません貧乏だったんですから。

富士でさんざん踊って彼女の家に送って行くんですが、家の近くの公園で暫く話すんですが
恥ずかしいことですが当時は格好ばかりでKissもしたことがない。
他の3人はと申しますと、当然のように何処のホテルはこんなんだったとか話しているのを羨ましいとも思わずにドキドキして聞いたもんです。
『おいっ、お前はどうやねん?』そこはもちろん見栄ってもんがありますから「うん、俺はあいつの家やってん」と口から出任せですよ。

そんな事を思い出しながら大丸百貨店に入り、papasなるテナントでシャツを買おうと入ってみる。 店員さん『いらっしゃいませ、いつもありがとうございます』 なるほどですね、僕が今日着てたのは白地に細かい赤のチェック柄は別のpapasで買ったものです。
物色していると『これなんか如何でしょう?』と出されたのはカジュアルなフード付きの上着です、寒さを感じ難い体質になっていますから、冬となっても夏の服装と同じです、違いは夏は袖を折り上げていたのが冬は袖を延ばして長い分、腕バンドで止めているだけなんです。
時々は寒いんかな? と首を傾げる程度、周囲を歩いている人は手袋をしマフラーを巻いてオーバーを着込み背を丸めて歩いておられる、それを見て発した「寒いんかな?」
そんな僕を彼の人は『かっちゃんね、歳がいって感覚がぼけてるんやわ』とおっしゃいます。

某百貨店の子にしろ美容院の子にしろ、商社に勤務してた人(3歳年上)にしたって僕がモテルわけじゃなくて面白いから退屈しないってのと何となく安心と云うのが4人中で僕を選んだ理由だそうな、事実当時は安全でしたでしょう、今は人が変わりましたから ご用心めされ,僕より腕力に自信のある方、僕より大きい彼の人は一応あんしんでしょうか、僕は暴力反対派ですし臆病者ですから、少しでも僕より強い人には逆らいません。

大丸百貨店で服を買って、地下に降りてみると そこは宝の山のようです、美味しそうな物が店員さんの威勢の良い売り声で僕を呼んでいます、買わなくっちゃ〜
帰って来て封を開けるのは至福の時であります、アチャ〜肝心の夕食が無い。
結局、昨日の残りのトンカツを食べるはめになって少なからず後悔しています。
お出掛け点描でありました。 b0062927_1413494.jpg 引っかけ橋から心斎橋の入り口を望む(引っかけ橋は工事中でした)
[PR]
by kattyan60 | 2004-12-28 23:03 | 愛を語る
<< 患者の会と安静 COPD >>



ヨーガをするショコラ君
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30