山の彼方の幸せ求め・・・

幼い日の事

41歳で僕を産んだお母ちゃんは、今と違い洗濯機も無く、炊飯機も無い時代。
小さな僕を背中に おんぶして洗濯したり[へっついさん(かまど)]で薪をくべるのを
背中越しに見てた記憶が所々残っています。
掃除機も無い時代、茶殻や新聞を濡らして小さく千切って撒いて箒で掃いてたのも
覚えています。

お母ちゃんは、濃いグレーのスカートに下駄を履いていました。
僕は、その下駄の上に腰を下ろしてスカートの中に顔を入れて立ち話の終わるのを
待っていた。

僕が3歳だったとお母ちゃんが言ってました。
大阪市と堺市を区切る処に大和川があり、その堤防に工場の燃料だったコークスの
燃えカスが捨ててありました。
その中から、使えるコークスを捜して家庭の燃料にします。
そんな或る日、僕の姿が見えない事に気づいたお母ちゃんが捜したら、川に落ちて
杭にしがみついてる僕を見つけたそうです。
泣きもせず、杭を持っていたそうです。

大阪の天王寺から浜寺までを走る私鉄のチンチン電車が今も健在です。
僕が住んだ町にも、その電車の駅があり[安立町]という名の小さな駅。
その駅の南に踏切があり電車の行き来が遠くから望める。
そこの線路に小さな座布団を敷いて座っている僕の姿を時々見かけたそうです。
親切なおばちゃんが、僕の手を引いて家迄送ってくれたそうです。
その事は、座布団と被ってた防空頭巾が同じ黒いベッチンで出来たいたことしか
記憶にないのです。
今はこの電車もワンマン・カーとなり収益のためか派手な宣伝で塗装されてはいるものの、同じルートを走っています。
車掌が駅が近くなったり、歩行者に警告する時、紐を引っ張ってチンチンと鳴らしたのがこの電車の呼び名となったんでしょう。
今は、ファ〜〜ンとお洒落な音を残して次の駅に向かって走る様に、遠い日の風景
を思い出せなくなっています。
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by kattyan60 | 2004-12-13 10:18
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