何でも食べれる。
小学校の頃、住吉神社で遊んだ。
ロープを持って行ってターザンごっこをした、住吉神社には丁度良い間隔で木が 育っている。 森じゃなく、林程の間隔である、その木から木へと移るとき、僕はターザンになりきる。 ジョニー・ワイズ・ミューラーという人オリンピック選手が主役だと大きくなって知ったが その雄叫びは真似出来なかった。 木をすり抜けて行くはずが木に激突した、正面から激突した顔面から胸、お腹と・・・・ 辛うじて落ちなかったがその痛さは男にしか解らない。 家の直ぐ近くに製材所の木切れが山のように積んである、銭湯の燃料らしい。 そこの下から木切れを引き抜いて穴を掘る。 その穴は僕らの基地になる、その穴にロウソクと菓子を持ち込んで遊びとした。 神社の中に広く囲われた場所があり、宮司なぞの住まいであったろうか。 その中に、胡桃の木が数本あって、落ちた実をシャツを脱いで拾った。 食べれるとは知らなかったが家に持って帰ったらお母ちゃんは受け取り乾燥させてた。 近隣には田んぼがたくさんあって面白い程、海老ガニ(ザリガニ)が採れた。 それをバケツに入れて持って帰ったらお母ちゃんは湯がいてくれて食べた。 その田んぼにイナゴがたくさんいるから捕まえると百姓が西瓜やキュウリをくれた。 イナゴは焼いて醤油で食べた。 大和川でハゼを釣った、たくさん釣れたときはお母ちゃんは干して出汁をとって 素麺つゆにした。 近所の柿の木から柿を採った、追いかけられたが柿は離さなかった、家で食べたら 渋柿だった、お母ちゃんは米の中に入れた、そしたら甘くなった。 お母ちゃんは偉いと思った。 台風の時、住吉神社へ行ったら池の水が溢れてた、鯉が浅瀬でもがいてた。 それをシャツでくるんで持って帰った。 お母ちゃんは受け取ったが食卓には出なかった、売ったのかもしれない。 収穫した後の畑でサツマイモを捜した、痩せて百姓が捨てたのをいっぱい拾って帰った、 その日の夕食のご飯は芋が入って美味しかった。 そこは僕たち子供達がイジと呼ぶ田畑が広がるところ。 小さな川に舟があり、それは人糞を運んだものだった、それの渕に立ち移動した。 畑に成る西瓜を大人の真似をして叩いて良いのを選ぶ、そして持っていた [肥後の守](ナイフ)で蔓を切り抱えると逃げる。 百姓に捕まった、頭とお尻を叩かれたが西瓜は離さず抱えてしゃがみ込んだ。 百姓は二度とするなと言って西瓜をくれた、次からは他所の畑にした。 学校の給食に脱脂粉乳が出た、ユニセフからのいただきものだが僕は飲めなかった。 先生に残されて飲む練習をしたが、お腹を壊した。 時折だったかもしれないけど乾パンの配給があった、一人で食べれた、好きだった。 おやつにキビを炊いて練ったものを食べてた、旨いとは思わなかったがお腹は膨れた。 大人も食べることが大変だったんだろうなぁ〜
by kattyan60
| 2004-11-28 22:54
| 幸せの定義
|
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||