山の彼方の幸せ求め・・・

家族の事

僕のおばあちゃんは岡山に住んでいた、おじいちゃんは今の僕より少し過ぎた歳で
旅立った。
幼かった僕が、おじいちゃんの棺桶に座った記憶がある、10歳と12歳年上の姉に
聞いたら間違っていなかった。
おじいちゃんは喘息を持病としていたとお母ちゃんから聞いた。
お母ちゃんは隔世遺伝だと僕に言った。
おじいちゃんの顔をはっきり覚えているのは写真のせいだろう。

おばあちゃんはいつも首を左右に振っていた、血圧が高かったんだろうと今は思うが
当時は不思議だった。
お母ちゃんは前の旦那に飽きたのか、娘二人を残して駆け落ちをしたと大きくなって
聞いた。
僕のお姉ちゃん二人はそれを今も憾んでいる。
次姉は古い話しだから、もう良いと云うが大姉は今も『あんたは良いよ、お母ちゃんと
一緒だったんだから』と云う、しかし義理である父の愛情を感じた記憶が無い。
あんた達は優し過ぎる実父が居たじゃないか。

今も岡山に住む姉達とは仲が良い、一緒に暮らしたのは僅かだが僕は姉達が好きである。
独りになってからお正月を祝えない、雑煮も食べれない、紅白だって詰まらない。
次姉が来いと云うのに甘えて昨年のお正月に岡山へ行った。
そこで姪達にも歓迎されて、毎日鯛や鮃じゃないけれど雑煮に初詣にと毎日がイベント
続き、4日は誕生日だからと近くの温泉へ日帰りで連れて行ってくれた。
姉達に感謝している。

両親が揃っている幸せを当たり前と思えるようにしたいと青年期考えていた。
僕のお嫁さんになった人、みっちゃんは孤児だった(前記時に重複)
子供の躾けや、対応の鏡が無いから夢中だった。
二人で本を読んだ、うつぶせに寝かせるのが理想だと云う本もあれば従来通りが良いと
いう本がある。
おしめはこうしろ、ミルクはああしろと事細かに記載されていたが、その反対も
書いてある。

我流子育てを決心した時、妻は二人目を身ごもっていた二十歳だった。

男女を産み分ける方法なる本を買ってきた、食事などと努力した。
結果は成功した、効果は判らないがともかく成功した。
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by kattyan60 | 2004-11-28 03:51 | 愛を語る
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ヨーガをするショコラ君
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