山の彼方の幸せ求め・・・

遠い日の想い出


前記のような理由で僕が人を待つ事を好きにさせてくれた人とは、結局会わずじまい。
そりゃ〜友人の紹介とはいえ、初めて出会う男と不用意に一人ノコノコ出掛けて行く
のは、今の時代なら小学生でも判る。

当時は日本人そのものが純真だったように僕は思う。
教師に先生様と様を着ける程に親は先生を尊敬していた事も然程珍しくない。
家長である親父の権力は絶対で逆らうことはできない程の威厳を持っていた。

僕が中学校を出た頃から親父は僕の行動にとやかく言わなくなった。
深夜帰宅する僕をたしなめるのはお母ちゃんだけとなった。
お母ちゃんは僕の体を心配しての事だと云う。

その頃、家から遠くないところに貸し本屋さんがあり、家庭の主婦が玄関先を改造して
棚を設けて雑誌やら文庫本を並べていた。

そこへは、群がりたい同年の男女が集う、オーナーもそれを楽しんでいた形跡がある。
時間帯が決まっていて、夕方近くは小学生達、少し遅くなって中高生、そして閉店が近い
頃には社会人となった連中や大学生が集い、それぞれの年齢にあった話題で議論が始る。

まだ、輸入品に高い関税が懸けられていたことで、洋モクと呼ばれた外国製の煙草に
ロンソンのライターなんぞは、とても手の出るしろものじゃない。
僕らの年代が外国製品をありがたがる理由はこの辺りに起因するんではなかろうか。
その貸本屋で、誕生日を迎えた奴が洋モクを出し、得意げにロンソンのライターで
火を点ける、 そして居る皆にその煙草を薦めて火を点けて回る。
僕が初めて煙草を手にしたのは、そんな環境の中での18歳。
大人になったと勘違いした日でもあった。
 
そのグループの中でも恋愛ごっこがあって、中学校の同級生や先輩も後輩も居た。
その中の一人と数回デートした子に瀬古口 敬子って子が居た。
母に似たその小太りの子と難波のスケート場へ行った。
滑れないその子の手を取って滑っていて、恋人なんだと思った。
その子が一人で滑ってみると云って滑り、思いっきり転けてお尻を打った彼女を
泣きたいほどに可哀相だと思った。

その子が或る日、知らない男性と話しているのを見て浮気女だと思った。
別れをメモに書いて貸本屋の女主に渡して貸本屋へ行かなくなった。

10年程前に、近くを通る機会があり、懐かしくなり彼女の家を捜してみると昔のまま
そこにあった。
扉が開いていたので声をかけると、暫く返事がないからもう一度「こんにちは」と声をかけた、奥から婦人が出て来て、こちらの方を無言でじっと見ているのは、まさにあの人、
遠い昔の恋人と思っていた人である。
その人は小さな声で『かっちゃんなの?』と云う。
「うん、懐かしいなぁ〜」
その人は数年来、目を患って見えなくなっていると云うのに、声で僕だと解ってくれた
ことで恋人と思っていた遠い消えかけた想い出が蘇った。
あの、スケート場で転んだ事を思い出して、見えなくなった人を泣きたいほどに可愛そうだと思った。
今は中学校へ通う男の子とそのお姉ちゃんの母になっていた。
『かっちゃん、ちょっと良い?』と僕の顔を両手で包むように撫でて、『かっちゃんも老けたんやねぇ』としみじみと過ぎた年月を語る。
kissも知らずに手を繋いだだけの人はまぎれもなく、遠い日の恋人だったのである。
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by kattyan60 | 2004-11-23 10:48 | 愛を語る
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