山の彼方の幸せ求め・・・

家内への鎮魂歌3

家内はmitikoと云う 
[みっちゃん みちみち ○○こいて か〜みが無いので手で拭いて]、若い頃
小さな喧嘩をすると僕はこう云った、するとみっちゃんは、僕の背中を軽く叩いて
『もう〜』と鳴く 。
『お前の母さんデ〜ベソ』は禁句である、みっちゃんのお母さんは、お義母さんだから育ててもらった恩を大きく感じている。

大阪の高槻の山の中にある孤児院で少しの間過ごした みっちゃんは学校へ行く時に栗の実を拾って食べたと云う、それはお腹が空いた事もあろう、おやつらしいものが無かったことでもあろう。

気に入った服を着せてもらっても、明日は別の子が着る、だから幼心に期待を忘れたようであることは、みっちゃんと暮らしてみて想像できた。

孤児院へ入る迄は父親と暫く暮らしたと幼い記憶を辿るように遠くを見ながら僕に話した。
それは結婚して数年経ってからの事だった。

結婚して間もない頃、会社から帰って、食卓(ちゃぶ台)に座ると食事をしないでじ〜っと
しているし、顔色が悪い「みっちゃん、どうしたん?」
すると、真っ赤になって小さな声で、お腹が張ってると云う。
「何を遠慮してるんや、夫婦なんやから遠慮は要らん、どうぞ、我慢はいけません」
それは、まさに爆発だった、下着が破れたんじゃないかな? 調べる価値はある、
うん後で調べよう

人間が生きていれば水も空気も固体も出るよと云うたのは間違いだったかもしれない。
前BLOGに重複するが、晩年家内が台所でトントンと包丁の音も軽やかに夕食の準備。
僕はリビングのソファーでテレビを観ていると、家内はエプロンで手を拭きながら
リビングへ来て、僕の前に立つとクルッと後ろを向いて空気を出す。
華やかな音を残してまたトントン、振り返って家内を見ると肩が揺れている。
僕は立ち上がり、家内の後ろに立って家内を抱きしめて、首に軽くkissをすると
首をすくめてクスクスと声を出して笑う。

僕のみっちゃんは晩年明るくなった、結婚した頃は影のある暗いところがあった。

みっちゃんは何処かでお父さんとお母さんが生きてると信じていた。
お母さんの消息が判ったのは、みっちゃんの30歳頃だったと思う。
みっちゃんが5歳頃に亡くなっている事が判った、みっちゃんは長い時間泣いていた。

孤児院に入る前に少しだけ、お母さんとお父さんと暮らした事を覚えていると云う。
或る日お母さんが何処かへ行くのを、おぼろげながら判ったと云う。
お母さんが『一緒に来る?』と聞いたのを『お父さんと居てる』と言ったと云う。
それっきりだったと云う。

お父さんが再婚したと云う。
継母にみっちゃんより幼い男の子が居たと云う。
継母は自分の子供に菓子を与えるが みっちゃんにはくれなかったと云う。
後になって、それを知ったお父さんは別れたと云う。

近所のおばちゃんが親切にしてくれたらしい。
そこは京都の山科だったとか。
結婚してから、そこを訪ねてみたが変わっていて特定できず帰ってきた。

みっちゃんは孤児院に預けられた。
結婚してからそこを訪ねたら残っていた、中へ入り園長に会ったら覚えていた。
少し寄付をして辞した、みっちゃんは振り返り見ている目に涙が光った。

それからのみっちゃんは、過去の事をあまり話さなくなった。
僕はみっちゃんを不憫に思う 今も幸せだったのかなぁと思う。

晩年、二人でソファに座ってテレビを観ている時『愛してますか?』
『生まれ代わったら、また私と結婚しますか?』と聞いた。
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by kattyan60 | 2004-11-20 03:17 | 愛を語る
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